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Part 6 自立心をはぐくむ [印刷用 タイトルあり] [タイトルなし]

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書籍名 アルツハイマーガイドブック
見出し Part 6 自立心をはぐくむ

内容

  1. Part 6 自立心をはぐくむ
    1. 86. 自立
    2. 87. 年齢
    3. 88. 活動
    4. 89. 日課
    5. 90. 理解力
    6. 91. 記憶
    7. 92. 正直さ
    8. 93. 会話
    9. 94. 友だち
    10. 95. 子ども
    11. 96. プライバシー
    12. 97. 環境
    13. 98. ひとりきりの空間
    14. 99. 標識
    15. 100. 食欲
    16. 101. 性生活
    17. 102. お金
    18. 103. 質問
    19. 104. 反応
    20. 105. 現実
    21. 106. 未来
    22. 107. 日誌
    23. 108. 思い出の記録
    24. 109. 書類の作成
    25. 110. プロジェクト

Part 6 自立心をはぐくむ

基本は自尊心と記憶の尊重です。

86. 自立

たいていの人にとって、自立した生活を手放すのはつらいことです。自立は自尊心や尊厳と深く結びついているからです。この点は、認知症の人も変わりありません。

おじさんはずっと自分の家で暮らしていましたが、ひとりではもう無理だとわかって、あなたと暮らすことになりました。そのせいで、気が滅入っています。ずっと自営業を営んで、生活面でも自分のことはほぼ自分で決めてきたのに、今後はあなたの家で、あなたの日課に従って生活しなくてはなりません。なかなか受け入れがたい変化です。

あなたもそれを承知しているので、おじさんの自立をできるだけ確保します。必ず選択肢を用意し、しょっちゅう意見を訊ねてください。そうやって、日常生活のさまざまな決定にかかわっているという気にさせるのです。たとえ寝室だけであろうと、おじさんの生活領域に裁量権を与えましょう。いつ、どこに、何を置くかを決めてもらいます。清掃の必要があるときは、おじさんのいないときに行なうか、手伝ってくれと頼むか、逆に手伝いたいと申し出てください。「ウィルおじさん、部屋の掃除を手伝ってほしいって言ってたよね。きょうの午後なら手伝えるよ。それでいい?」

同意を得られたら、助手役に徹しましょう。たとえば、こんなふうに。「掃除機を持ってきたよ。ぼくがかけようか、それとも自分でやる?」

87. 年齢

若者志向の強いわたしたちの社会において、年を取ることはあまり気持ちのいいものではありません。四〇代、五〇代ともなれば、年齢はかなり微妙な話題になってきます。老化はだれにとってもつらいことなのに、お年寄りに対しては、「九〇歳だなんて、すごいですね! どんな感じですか?」と訊ねてもいいと思うのはなぜでしょう。まさか五五歳の人に向かって、「すごいですね! どんな感じですか?」と訊ねたりはしないはずです。

〝かなり年を取っている〟ことについてあれこれ言われると、おかあさんはたいてい怒りだします。その場合、おかあさんに代わって相手を取りなす必要があるでしょう。あるいは、ほかの人が、おかあさんの面前でぶしつけなことを言いだすこともあります。おそらくその人は、ひとことも理解できない病人だからかまわないと思っているのでしょうが、実際はそうではありません。おかあさんはまだ、たくさんのことを理解できます。なのに、年齢の話題がしょっちゅう出されるのです。おかあさんはおそらく自分の実年齢は覚えていませんが、八〇代、九〇代が〝相当な年寄り〟であることは知っています。実年齢を思い出させられると、気が滅入ってしまいます。

実年齢をとやかく言うのではなく、相手の内面の年齢、つまり〝精神年齢〟に合わせた話をして、勇気づけてあげましょう。たぶん、おかあさんは、二〇代あるいは大学時代のできごとを思い出すことが多いはずです。人生のなかで最も自立し、最も力あふれているころだからです。

88. 活動

さまざまな活動は精神の健康に欠かせないものです。リチャードおじさんにとっても、それは例外ではありません。あなたと一緒に行なうことがらの多くはすぐに忘れてしまうでしょうが、そうした経験を通じて感情が豊かになり、連帯感が培われます。あなたも介護に慣れてくれば、入浴や食事といった生命維持行為と、喜びや充足感を得るためにおじさんがひとりで(あるいはあなたと一緒に)行なう活動とのあいだに、健康的なバランスを見つけることができるでしょう。

リチャードおじさんは隠居生活を楽しめないでいます。仕事がないせいで朝起きる理由を見出せず、給料を受け取ったときの、社会に認められたという達成感を恋しく思っているのです。何ごともなく隠退生活にはいった人は、代わりに刺激や気力を与えてくれる活動を自分で探せます。けれども、リチャードおじさんは、認知症のせいでひとりでは見つけられません。手助けが必要です。あなたは最初のうち、よけいな手間と感じるでしょうが、じきに成果が現れておじさんが明るくなり、ふたりとも気楽に生活できるようになります。

リチャードおじさんの活動計画が成功するかどうかは、あなたの態度にかかっています。たとえその活動がごく簡単なものであっても、あなたしだいで、人に認められる重大な活動に変わるのです。ですから、真剣に受け止めることが大切です。たとえば、リチャードおじさんが、朝食をすませたあと手持ちぶさたでそわそわしています。まだ役に立つ存在だと感じるためには、やるべきことが必要です。

そんなときは、まず、おじさんに何かの手伝いを頼みましょう。たとえば、こう言うのです。「リチャードおじさん、申しわけないけど、いま忙しい? 手伝ってもらえたら、とても助かるんだけど。ほら、ここにカタログの山があるでしょう? ごちゃごちゃに混じってしまったのよ。選り分けるのに力を貸してもらえない? おじさんはこの手の作業が得意だから」

承諾を得られたら、カタログの山を見せながら、こんなふうに言いましょう。「ほらね……園芸と、食材と、家具と、化粧品のカタログがごっちゃになって、こんなに積み重なってるでしょう……きちんと分けてもらえない?」

あとは、この仕事を好きなようにやらせてあげましょう。もしかしたら、一冊のカタログばかり眺めているかもしれないし、すべてをまた積み重ねるだけかもしれません。どんなふうにやろうと、あとで必ず感謝を示しましょう。かなりの忍耐力を要しますが、こうすれば、あなたがおじさんの手助けをいまも高く評価していること、そして、おじいさんにまだ自己判断力があることを伝えられます。ひとつ肝に銘じてほしいのは、小さい子どもに対するような話しかたをしないこと。認知力が低下したとはいえ、おじさんは頭がおかしくなったわけではないのです。

89. 日課

認知症の人にとって、日課はとても大切です。何時に入浴して、食事を取って、靴を履けばいいのかがわかれば、安心感が得られるのです。おかあさんが育った家庭では、厳しい日課が守られていました。認知症にかかっていても、おかあさんは決まった時間に決まった方法で何かをしたがります。慣れ親しんだ行動が心のよりどころになるからです。

食卓をセッティングするとき、おかあさんはいつも銀食器をきちんと並べ、ナプキンをまっすぐ立てて、自分の椅子を決まった角度に向けます。毎日のように、決まった時間きっかりに夕食を始めたがります。あなた自身は、いままでずっといい加減な生活を送ってきたので、おかあさんが頑固で口うるさくなると、苛立ちを覚えてしまいます。

けれども、あなたは時間刻みの生活にしだいに適応して、おかあさんをほっとさせます。おかあさんが上機嫌なので、ふたりの生活もずっと気楽になりました。そして、強迫観念にも似た考えかたを逆手にとって、週一回の入浴時間を示す大きな標識を掲げました。おかげで、戦闘のようだった入浴も、かなり楽になりました。おかあさんが入浴をいやがったら、浴室の標識を指させばいいのです。「ほら見て、ここに書いてあるでしょう。〝入浴時間、水曜日の午後二時〟って。さて、きょうは水曜日で、わたしの時計は二時を指してるけど、おかあさんの時計はどう? 入浴の手伝いができて嬉しいな。まずはお湯を張るから、おかあさんは石けんを選んでね」

浴室にはいつも次のような標識を掲げておきます。〝おかあさんの石けん〟〝おかあさんのタオル〟〝おかあさんの入浴日=水曜日〟。こうすれば、入浴の日課もきちんと守れるはずです。

90. 理解力

認知症の人の理解のほどを知るのは、容易ではありません。そのとき周囲で何が起きているかによって、理解力は大きく異なるはずです。騒音や人混みに囲まれているとか、トイレへ行きたい、お腹が空いたなどの生理的要求がある場合は、注意が散漫になって、ほとんど理解できていないかもしれません。けれども、言語能力が大きく損なわれている人でも、かなり複雑な考えを表現できることがあります。したがって、どんなときでも、アルツハイマー患者は言われたことをすべて理解していて、ただ適切な反応を返せないだけだ、という前提で対処すべきです。

日常の会話におじいさんを引き入れ、ふつうの口調で話しかけるようにしましょう。ほかにも人がいる場合、おじいさんのために会話の一部をわかりやすく繰り返すいっぽうで、たとえ反応がなかろうと直接おじいさんに話しかけるよう、ほかの人を促してください。会話はかけがえのない刺激になります。それも、他人のことばを理解できるかどうかより、自分なりに意見を伝えられることのほうが、はるかに重要です。

おじいさんは、郵便局へ行ったというあなたの話を熱心に聞いていたかと思うと、突然にっこり笑って「ボールはみんな、なくなった」と言い出しました。まったく関係のない反応ですが、笑顔から察するに、そのせりふがいまの会話にふさわしいと考えているようです。ですから、その前提で応対しましょう。何を言ったかではなく、会話に参加することに意義があるのです。

もちろん、ときには、あなたのことばをしっかり理解してくれないと困る場合もあります。たとえば薬を飲む、風呂にはいる、シートベルトをつける、といった状況ですが、その場合は、まず心を落ち着けて、愛情のこもったふつうの声で説明しましょう。何度か指示を繰り返す必要があるかもしれません。苛立ちが募ってきたら、いったん休んで、あとでまた試しましょう。

91. 記憶

病状が進むにつれ、おばあさんの最近の記憶は大部分が失われるか欠けるかして、筋が通らなくなります。いっぽうで、子ども時代や成人したてのころの記憶は、いまもほぼ損なわれることなく残っています。あたかも、ビデオテープに収められた人生が、病気の進行とともに現在から過去へと消去されていくかのように。やがて、結婚や出産を体験する前の記憶にもどるはずです。

こうして、記憶がまだ確かな時点にもどったとき、現在の家族をきょうだいや両親と混同することがよくあります。

たとえば、年齢が同じころの弟とそっくりな孫息子がいたら、その孫息子が訪ねてくるたびに、にこにこ笑いながら弟の名前で呼びかけます。まちがえられた孫息子は途方に暮れてことばに詰まるでしょう。けれども、おばあさんのこの行動も、アルツハイマー病が短期記憶におよぼす影響をわかっていれば、当然のこととして受け止められるはずです。


誘導 うまく話を導くことによって、アルツハイマー患者が、忘れていたはずの逸話やこまごました話を思い出すことがよくあります。たとえば、よそに住む親族を訪問したあとで、あなたはおとうさんにこう言います。「きのう、おばさんの家を訪ねたときは、一緒に育ったころの話をふたりでたくさんしてたね。楽しそうにおしゃべりをして、昔の話をいろいろ思い出してたよ」そして、前日の会話をできるかぎり再現してみせます。特定の何かを思い出すプレッシャーを感じずにすむおかげで、記憶の流れがなめらかになり、おとうさんは導かれるままに会話に加わるでしょう。

そのうち興に乗って、お気に入りの同じ昔話でまたあなたを楽しませようとするはずです。その逸話を披露する顔はとても嬉しそうですが、あなたのほうは「うわ、勘弁してくれ! また始まったよ」と自分が言い出さないか、ひやひやするかもしれません。

もう一度興味深く聞くふりを強いられる代わりに、おとうさんの話が途切れたとき、すかさず質問して話の方向を変え、語りつくされた同じ経験談から新たな側面を引き出してみましょう。たとえば、こんなふうに。「おとうさんとおばさんの子どものころの話を聞いていると、すごく楽しいな。ふたりとも、ぼくの子ども時代と同じ遊びをしていたのかな。隠れんぼうはしたことある?……じゃあ、これは?(あなたが子どものころ、おとうさんの前でやっていたゲームの名前を持ち出してみましょう)」

こうした質問をすれば、ほかの話を思い出すこともあります。けれども、おばさんとの思い出で唯一まだ記憶に残っているのは、何度も繰り返すいつもの話だけ、という場合もあります。そのときは、おとうさんが気軽に答えられるような、もっと一般的な質問をしましょう。「子どものころ、学校までの長い道のりをずっと歩いてかよっていたの?」といったふうに。これはとても安全な質問です。父親の世代の子どもたちは、ほぼ全員が徒歩で通学していたのですから。

会話の糸口として、共通する過去の記憶を持ち出すのもいいでしょう。「知ってる? ぼくがすごく懐かしいと思うのは、小さいころ、おとうさんとおかあさんと一緒にラジオを聴いていたことなんだ。ほら、三人ともお気に入りの番組があったよね。あれはなんだっけ? うーん、どうしても思い出せないなあ。おとうさんはどう?」

あなたもときには物忘れをすると知って、おとうさんは安心するはずです。このとき何を思い出しても、とにかく話を合わせましょう。とはいえ、母親の出生地などを思い出す可能性は、まずありません。ラジオ番組の名前のほうが、はるかに思い出しやすいはずですから。あなたが『シャドー』を思い浮かべているのに、『ジャック・べニー・ショー』と答が返ってきても、それでよしとしましょう。大切なのは、ふたりで体験した楽しい思い出を語りあうことなのです。


落とし穴 細かい記憶を必要とする質問をして、おとうさんを困らせるのはやめましょう。つまり、次のような質問は避けてください。「子どもは何人いる?」「どこに住んでいた?」「いま何歳?」

もうわが子のことすら思い出せないのかと、あなたは悲しくなるでしょうが、その話題を無理に持ち出しても、おとうさんにつらい思いをさせて落ちこませるだけです。

「覚えてないかな?」「覚えてる?」といった質問をすると、本来なら覚えているはずのことも思い出せないのに気づいて、おとうさんはパニックに陥ります。こうした質問は、認知症であることを相手に改めて実感させてしまうのです。

代わりに、まずは思い出話のきっかけとして、できごとや人物を列挙してみましょう。それは覚えがある、という表情がおとうさんの顔に浮かぶまで、詳しい説明を続けます。「だいぶ前のことだから、おとうさんは覚えてないかもしれないけど」「おとうさんは何カ月か前、この人に会ってるんだよ。でも、あのときはまわりに人がたくさんいたから、覚えてるほうが驚きだけどね」こんなふうに話を持っていけば、会話の糸口を与えると同時に、プレッシャーを軽減できます。


例外 たとえば「得意科目はあった?」「ハロウィーンは楽しかった?」「T型フォードは好きだった?」などは一般的な質問なので、記憶をたどりやすいはずです。答えられない場合でも、取るに足らない雑談だと相手も承知しているので問題はありません。

92. 正直さ

ほとんどの人は、子どものころから、真実を話すようたたきこまれています。けれども、介護者であるあなたは、アルツハイマー患者の脳内の〝ちがう現実〟にしばしば直面します。アルツハイマー患者は過去へ退行し、現在から離れてしまっているので、その人と一緒に過去へ行けば、かなり対処しやすくなるはずです。この対処法は、〝うそをつく〟のと同じ行為に思えますが、アルツハイマー患者の現実に基づいており、話す内容は患者にとっての〝真実〟なのです。

おとうさんはまだ人生のさまざまなできごとを覚えているので、そうした話題が持ち出されたとき、あなたは正直に応対できます。おかあさんがかなり前に亡くなったことも、おとうさんはたいてい覚えています。けれども、たまに、かなり昔へもどってしまい、おかあさんの帰りを心配そうに待つことがあります。それでもほとんどの場合、もうこの世にいないことを思い出させられますが、ときには激しく動揺し、あなたをうそつき呼ばわりします。

こんなふうに、事実を受け入れてくれないときは、たとえ正直がモットーでも、愛情からのうそをつくほかありません。最初はきまり悪いでしょうが、あなたはやがて、場合によってはこれが最も思いやりのある対応であることに気づくはずです。ただし、こちらの話に説得力を持たせるには、それなりの事実に基づいた、現実的な内容でなくてはいけません。たとえば、こんなふうに。「おかあさんは遅くなるって。先に夕飯を食べてほしいそうだよ。何時に帰れるかは言ってなかった」

おかあさんが知的な人だったのなら、それに合うような内容にしましょう。「図書館に寄って、いくつか調べ物をしなくてはならないんだって。おかあさんって、いつも調べ物に熱心だったよね。ぼくたちも、あした図書館に行ってみない? それとも、金物屋のほうがいいかな?」

こうやって話題をさりげなく転換して、おかあさんから注意をそらし、あなたとの関係に移行させましょう。


奥さんがアルツハイマー病と診断されたら、あなたは真実を告げるべきか迷うことでしょう。これは、とてもむずかしい問題です。彼女が検査や診察のことを忘れていたら、しばらくは何も言わずにいましょう。症状がすぐに激変することはないので、肩の力を抜いて、いつもどおりの生活を続けるのです。

奥さんがまだ初期段階で、どうしても真実を知りたがったら、話すか否かは、あなたの直感しだいです。覚悟してほしいのですが、アルツハイマーを宣告されたら大きなショックを受けます。とはいえ、話した場合、自分の身に何が起きているのか理解しやすいという長所があります。また、現代の科学では、アルツハイマー病とその他の認知症との見分けがはっきりつきません。そういったことをきちんと説明し、あなたがずっとそばにいるからだいじょうぶだと話し、安心させましょう。

たとえば、こんなふうに。「きょう病院に行ったとき、きみの病気は認知症で、たぶんアルツハイマーだろうと言われたよ。つまり、物忘れが多くなって、ときどき混乱をきたす、ということだ。まさにきみの症状がそうだよね?」ここで奥さんを抱きしめて、先を続けます。「一緒に暮らしてるおかげで、何かを思い出す手伝いができてよかったよ。いつもそばにいるから、それだけは忘れないでほしいな!」このあとは、まったく関係のない、明るい話題に移りましょう。

93. 会話

アルツハイマー患者と会話するさいは、注意が必要です。わたしたちは日常の会話でしょっちゅう、過去のできごとを持ち出しています。記憶力が衰えている人には、これがよけいな重荷になります。言われたことがわからないばかりか、つらい思いをするからです。記憶障害の初期の段階では、過去のことを持ち出されると、自分が病気であるのを思い知らされて、感じなくてもいいストレスを感じてしまいます。とはいえ、快適な暮らしに会話は欠かせないので、励ましとなるような前向きなやりとりを心がけることが肝要です。

おかあさんの記憶がどれだけ保たれているのか、あなたは確信が持てません。この場合、具体的な何かを話題に出すと、それを覚えていて当然という圧力を相手にかけることになります。しかし一般的な話にしてしまえば、相手はイエスかノーの反応を返せるし、関連する何かを思い出すかもしれません。おかあさんが会話を交わしている気になれるなら、内容はなんでもいいのです。「覚えてるよね?」というせりふを避けているかぎり、記憶力を試すことにはならないので、だいじょうぶ。相手に合わせて「わたしはもう覚えてないけど、おかあさんは?」と訊くのもいいでしょう。そうすれば「わたしもよ」と返事があって、ふたりで記憶力のなさを笑いあうことができます。

「そう思うでしょう?」「そうだったよね?」「そう言わなかった?」という問いかけは、会話を促すいとぐちになります。おかあさんは何やらもごもご音を立てるだけかもしれません。そのときは深呼吸をして、精いっぱい耳を傾けましょう。おかあさんは、会話を楽しんでいることを伝えようとしているのです。大切なのは気持ちであって、話す内容ではないことを、くれぐれも忘れないように。また、あくまで、おとなに対する口調を保ちましょう。おかあさんは子どもではないのですから、そのように扱うのは禁物です。赤ちゃんことばを使うと、相手ばかりか自分をも辱めることになります。

流れをさえぎらない ある日の午後、あなたはオールディーズを、たとえばグレン・ミラーの曲をおかあさんと聴いていました。そして、なんとなく話をしたくなって「これ、なんて曲だったかしら? 思い出せないんだけど、おかあさんは?」と訊ねました。すると、「ハロルド」と答が返ってきました。

こんなときは質問を繰り返したり〝ハロルド〟の意味を訊ねたりせず、「あら、わたしってば『イン・ザ・ムード』かと思ってた」と答えましょう。

おかあさんは「その本、持ってたよ」と返すかもしれませんが、ここで流れをさえぎってはいけません。「それ、いまも持ってるの?」というふうに続けてください。

対する返事は「わたし、もう家に帰らなきゃ」かもしれません。

そこで、あなたは「ねえ、おかあさん、せっかく楽しく過ごしてるんだから、その前に、一緒にいちごを食べたいんだけど。いいでしょう?」と訊ねます。

あなたが流れをさえぎらずに受け答えすれば、おかあさんは喜びます。自分の発言に関心を持たれている気がするからです。会話に褒めことばをちりばめるのもいいでしょう。

あなた自身が興味を抱いている話題を選んでください。好きという気持ちがおかあさんに伝わって、いい影響を与えるからです。前にも持ち出した話題のときは、次のように切り出せば、たとえ聞き覚えがあったとしても、おかあさんは気を悪くしません。

「前に話したことがあるかもしれないけど……」

「もう話したかどうか、わからないんだけど……」

「かなり前の話だから、もう忘れてるかもしれないけど……」

「きょうは大勢の人に会ったし、いろんなことをやったから、いちいち覚えていないだろうけど……」

そして、友だちとふつうに話すときの調子で続けましょう。対等なおとなとして扱われて、おかあさんは嬉しいはずです。あなたは自分の考えや、思い出や、おもしろいと感じた新しいできごとをただ話せばいいのです。相手が興味を持って聞いているかぎり、ひたすら話しつづけてかまいません。話の内容を理解してもらう必要があるときは、スピードをゆるめて一語一語はっきり発音し、必要ならば繰り返したり、べつのことばで言い替えたりしましょう。ただし、おとなに対する口調をつねに心がけてください。


他人がいる場合 ふつうの意味では会話を続けられないとはいえ、おかあさんは大勢と過ごすのがいまも好きです。理解のほどはわかりませんが、それはたいした問題ではありません。たぶん、わたしたちが思うよりも、多くのことを聞き取っているはずです。

次のような状況を想像してみましょう。おかあさんはおしゃれをして、あなたとパーティに出かけました。周囲の人々は互いに会話を交わし、あなたにも話しかけます。けれど、おかあさんには短いあいさつをする程度で、だれも話そうとしません。大勢のなかで過ごしてはいても、おかあさんはみんなに存在を無視されているのです。認知症になじみのない人(あるいは、あまりいい感情を抱いていない人)は、おかあさんを無視してあなたとだけ話すか、気持ちを傷つけかねない質問や発言をします。

たとえば、知人がおかあさんの目の前で、あなたにこう訊ねたとしましょう。「ねえ、おかあさんはアルツハイマーなんだって? まだナーシングホームにはいってないの? えらいなあ、よく我慢できるね」

その場で知人の無神経な発言をさえぎっても、失礼にはなりません。おかあさんのほうを向いて、穏やかな声で知人の発言をべつのことばに言い替え、いかに思いやりを欠いた内容かはっきり示しましょう。「おかあさんも聞いたとおり、この人は、このあいだお医者さんがやった検査のことを訊ねて、まだおかあさんがわたしと一緒に住んでいるのか知りたがってるのよ」

そして知人に向かって、こうつけ加えます。「まだ結果は出ていないけど、ほんとうのところ、それはどうでもいいんです。だって、ふたりでいると楽しいし、一緒に暮らせて幸せですから。そうよね、おかあさん?」

おかあさんが知人のせりふを理解しているという前提で話しましょう。そうすれば、知人は、おかあさんも会話に加わっているのだと気がつきます。うまくいけば、こうした無神経な発言がよくないこともわかってくれます。

相手がなおも続けるようなら、より率直な言いかたで、おかあさんを守らなくてはいけません。「そういう話をするのは、軽はずみで思いやりに欠いています。母は認知症かもしれませんが、耳はまだはっきり聞こえるのですから。話題を変えていただけませんか?」

94. 友だち

夫はアルツハイマー患者ですが、幸いにも、近所に昔からの友人がひとり住んでいます。その友人もアルツハイマーです。あなたはその人の介護者と打ちあわせて、少なくとも月一回はふたりが一緒に過ごせるよう取り計らっています。夫も友人も同じくらい記憶が混乱していますが、会うたびに昔の思い出を楽しく語りあっています。

同じ昔話を何度も聞かされるうちに、あなたは話の内容はさして重要ではないことに気づきます。昔話は、互いの友情を表現する一手段にすぎないのです。やがて、ふたりの姿が、本人たちの認識どおりに見えはじめます――つまり、仲よしの高校生ふたりに。彼らにとって高校生活はかけがえのない思い出ですし、それを共有できるあなたは幸せ者です。ビデオかテープレコーダーがあるなら、ぜひとも記録に収めてください。

精神状態がどうあれ、人はだれしも友人や話し相手を必要とします。あなたはすばらしい介護者ですが、どんなに努力しようと、友人どうしの仲間意識を与えることはできません。

おばあさんは遠い土地から越してきて、あなたと一緒に住んでいます。友人を必要としていますが、社交能力が著しく衰えているため、話し相手はもっぱらあなただけでした。嬉しいことに、共同ケアグループで、ひとりの女性と友だちになりました。ふたりとも互いの名前を覚えていませんが、それでもかまわないようです。会うたびに、久しく音信不通だった友人として、あいさつを交わしあいます。あなたと相手の介護者は、ここぞとばかり会話を促します。そうしないと、ずっと沈黙が続きかねないからです。会話が途切れたとき、あなたは沈黙を居心地悪く感じますが、やがて、ふたりとも一緒にいるだけで満足そうなことに気づくでしょう。

95. 子ども

子どもはたいてい、抵抗や偏見なしに患者と話ができます。多少筋が通らなかろうと、感覚で深く理解できるのです。ナーシングホームによっては、スタッフの子どもたちを一日過ごさせたり、定期的に小学生の訪問を受け入れたりしています。また、数は少ないですが、進歩的なホームでは保育所を併設しています。それによって生まれる交流は、高齢者にも子どもにも大きな意義があります。

エレンの孫はべつの町に住んでいて、年に二、三回しか会いに来られません。子ども好きな人にとっては、じゅうぶんと言えない回数です。ところがある日、近所を散歩しているとき、エレンはたまたま、数軒先の家に住む五歳の子と話をしました。

以来、ふたりは大の仲よしになりました。庭で花びらの数を数えたり、空の雲がどんな形に見えるかを言いあったりして、一緒に過ごしています。エレンは次から次へと、つじつまの合わない話をしますが、五歳の友だちは真剣に耳を傾けています。ときには、その子が持ってきた本をふたりで読んだりもします。あなたはクッキーやアイスクリームをふるまって、つかの間の休息を味わいます。

この子が遊びに来てくれたおかげで、エレンは気持ちに張りが出て元気になりました。子どものほうも、おとなにまじめに相手をしてもらえて喜んでいます。エレンのコミュニケーション障害は気にならないらしく、要領を得ない話しぶりも引っくるめて彼女そのものを受け入れているのです。この子が遊びに来られない日は、あなたはエレンを近くの公園に連れ出し、ほかの子どもたちの遊ぶさまを眺めます。曇りがちの日は、地元の図書館の児童図書コーナーに出かけて、おとぎ話の読み聞かせに耳を傾けます。さらにファストフード店を訪れたところ、エレンは幼児に目を留め、じつに愛想よく「ご迷惑でなければ、お宅のかわいらしいお子さんを抱っこさせていただけませんか」と訊ねました。

あなたたちが店を立ち去るとき、幼児は嬉しそうに笑い、その母親は誇らしげに顔を輝かせていました。

96. プライバシー

アルツハイマー患者が共通して抱く不安は、自己決定ができなくなることです。あなたがプライベートな空間を尊重するよう心がければ、おとうさんはいまも自分の生活と空間をコントロールしている気になれます。寝たきりになっても、いままでどおり、部屋にはいる前にノックをしましょう。

おとうさんはいま、客用寝室で暮らしています。ベッドの周辺には個人的な持ち物を並べ、部屋のドアには名前か〝おとうさん〟のどちらか、本人の好きな札をかけてください。

プライバシーを尊重し、その部屋をおとうさんの領域とみなしましょう。常時ドアを半開きにしてようすをうかがっている場合でも、部屋にはいる前には必ずノックします。

コンコン。

「おとうさん、ちょっとはいっていい? ベッドを整えたいんだけど、いまだいじょうぶ?」

コンコン。

「おはよう、おとうさん。はいって着替えを手伝ってもいい? 着替えたら朝食にしましょう」

コンコン。

「おとうさん、ちょっとはいっていい?」

「だめだ!」

「あら、ごめんなさい。いま忙しいのね、気がつかなかった。またあとで来る。一〇分後ならいい?」

「いいよ」

97. 環境

混乱が増すにつれて、周囲の環境がますます大切になってきます。おとうさんの部屋やアパートをどんなに模様替えしたくなろうと、ぐっとこらえましょう。べつの住まいや部屋に移さざるをえないときは、以前と同じように家具を配置してください。お気に入りの椅子がいつもどおりチェストの前にあって、その上に家族全員の写真がきちんと置かれている、といったことが精神的な支えになるのです。どうしても環境を変える必要があるときは、少しずつ変えていきましょう。

おもちゃの車は、おとうさんが六歳のときからずっと持ちつづけたもので、いまではほとんど色がはげてしまいました。実を言うと、あなたも小さいころ、この車で遊んだことがあります。いまは、おとうさんの両親の肖像画と、赤ん坊時代のあなたの写真のあいだに置かれています。少しでも動かすと大騒ぎになるので、埃を払うときも神経をつかいます。おとうさんはお気に入りの安楽椅子からこれを眺めては悦に入っていますが、その椅子はおもちゃの車と同じで、いつのものかわからないほど古く、色もほとんど残っていません。そろそろ取り替えたほうがいいと何度勧めても、聞く耳持たず、です。

そういう場合は、古い椅子に数週間ブランケットを掛けておいたあとで、そのブランケットを新しい椅子にまったく同じ格好で移せば、古ぼけた醜い椅子を新しいものに取り替えられます。

98. ひとりきりの空間

アルツハイマー患者の友人のために特別な空間を設ければ、友人のニーズもちゃんと尊重しているのだと、本人にわからせることができます。ひとりきりの空間は、目的意識を与えるのに役立ちます。その空間には、好きな活動に関係のある物をたくさん置きましょう。友人の注意をそらす必要があるときは、相手をそこに導いて、何かの作業を始めさせるのです。

友人は自宅のマンションがたいそう自慢で、暇さえあれば掃除や整理整頓にいそしんでいました。その自宅を手放して、あなたと同居することになったのですから、とてもつらい思いをしたはずです。もちろん、あなたもくつろいでもらおうと最善を尽くし、寝室には友人の持ち物をあれこれそろえました。とはいえ、一日じゅう寝室に閉じこもってほしくないので、友人の持ってきた絵を居間の壁に数枚かけ、小物も数個、あなたのものと一緒に並べています。

くつろいで生活してもらうための方策として、もうひとつ考えられるのは、日中にひとりきりで過ごせる場所を設けることです。ひと部屋全部でもいいし、あなたの作業部屋やキッチンの片隅でもかまいません。大きさよりも、そうした空間を持っているという意識が大切なのです。


オフィス フレッドおじさんは会社の経営から手を引いてかなり経ちますが、ちかごろ混乱がひどくなり、いまだに現役だと思っています。引退して悠々自適の生活を送れるのは幸せではないかと諭されても、おじさんはしょっちゅう、みじめな気持ちに陥ります。自分が無能に思えて腹が立ち、会社に行くと言い張ります。その会社は数年前に売ってしまったのだと教えられても、いっそう動揺が増すばかりです。

ある日、おじさんの昔の会社の事務書類が見つかりました。おじさんにとっての〝ほんとうの〟ビジネス文書はどれなのか見きわめるのは大変でしたが、あなたはようやく書類をすべて選別しおえます。そして役に立ちそうな文書をコピーし、キッチンの隅に新しい〝オフィス〟を設けて、ファイル、請求書、ノートなど、すべてそこに置けるようにします。

出勤するオフィスができれば、おじさんは書類を整理したり、手帳にあれこれ書きこんだりして過ごせます。三〇分だろうが三時間だろうが〝勤務時間〟が終了したら、おじさんのために時間を作って、事業の計画や検討事項に耳を傾けましょう。すっかり話したあとは、おじさんも達成感を覚え、前向きに一日を過ごせるはずです。


おかあさんは、かつて有名な婦人服チェーンで優秀なバイヤーとして飛びまわっていたため、いまさら遊んで暮らせと言われても、なかなか受け入れられません。夕方が近づくと、不機嫌になって落ち着きを失います。ちょうど終業時間を迎えて、仕事にひと区切りつくころだからです。

おかあさんは〝仕事〟に復帰する必要があります。自宅のどこかに、専用のデスクを据えましょう。そして事務用品店を回って、注文用紙、勘定書、書類トレー、鉛筆入れ、クリップ、マーカーペン、蛍光ペンなどをそろえます。また、ファッション雑誌を何冊か定期購読し、カタログのメーリングリストにも参加して、織物見本を集めます。

おかあさんが毎日、午後から意気揚々と〝通勤〟するようになったら、オフィスの空間を尊重してください。注意を引きたいときは、こう言います。「ちょっといい、おかあさん? 邪魔してごめんね。コーヒーを淹れたから、よかったら休憩にしない?」夕食時には、互いに一日のできごとを報告しあいましょう。たとえば、こんなふうに訊ねます。「仕事は順調? 例の注文は片づいた?」

一緒にブティックを見てまわるのもいいでしょう。スタイルや仕上がりや細部を丹念に調べるおかあさんを目にして、あなたはその知識と明晰な判断に舌を巻くはずです。ほかのことはひどく忘れっぽいのに、店めぐりのあいだはおそろしく頭が冴えているのですから。こうして一緒に過ごすことは貴重な経験になるので、日誌に書きとめておくといいでしょう。


アトリエ おばあさんは子どものころ、画家になるのが夢でした。油彩画と水彩画の教室にかよい、洗濯場の隅には小さなイーゼルを据えていました。結局、夢は実現しませんでしたが、芸術への憧れはいまだ色あせていません。

おばあさんは、しばらく前からあなたと暮らしています。そして一緒にギャラリーを訪れては、コラージュなどを作って楽しんでいます。けれども、だんだん認知症が悪化して、気分が激しく揺れ、落ち着きを失うようになりました。こんなときは、何か創造的なことをすると症状が改善します。おばあさんがひとりでできそうなプロジェクトを考え出して、あなたは手伝わず、ときどき励ましのことばをかけるだけにしましょう。

まずは〝アトリエ〟空間を用意します。小さなアトリエに(大きなアトリエはかえってプレッシャーを与える恐れがあります)、イーゼル、キャンバス、基本的な備品をそろえます。たとえ、あなたの手を借りなければ創作ができない状態でも、希望に満ちていたころをしのぶ品々に囲まれたら、それらを何度も並べ替えて楽しむことができます。地元の画材店に頼んで、干からびたチューブ絵の具などの処分品をもらってもいいでしょう。

おばあさんがデスクワークも好きなら、さまざまな画家を調べたり、アートカタログをファイリングしたり、広告のスクラップを作ったりといったふうに、プロジェクトを広げていきます。おばあさんが落ち着きを失って注意をそらす必要が生じるたびに、アトリエに向かわせましょう。そのさい忘れてはならないのは、こうした活動を真剣に受け止めることです。

専用の〝アトリエ〟では、作品の説明をするよう頼んで、心から耳を傾けましょう。作品がなんであれ、彩色、形、構図について感想を述べ、やる気を促すのです。とはいえ、心にもないことを大げさに言い立てはいけません。うわべだけのことばは、すぐに見破られてしまいます。代わりに、答が返ってきそうな、当たりさわりのない質問をしましょう。たとえば、「おばあちゃんは絵を描くとき、青をたくさん使うのね。青色が好きなの?」とか。

何よりも大切なのは、描かれた対象を勝手に推測しないこと。絶対的な確信がないかぎり、「これは何? 家かな?」といった質問は禁物です。かつては絵が上手で、いまはその技能を失っている場合、おばあさんは自分が何を描いたのかわかってもらえなかったことで傷ついてしまいます。


工房 あなたが子どものころ、おとうさんはいつも自慢の工房で次から次へと作品を生み出していました。けれども、当時取りそろえていたさまざまな工具も、いまは安全に使いこなすことができません。

おとうさんが落ち着きを失い、うろうろ歩くようになったので、あなたはガレージに〝工房〟を設けることにしました。地元の金物店から古いカタログをもらい、ガレージセールやフリーマーケットを回って、ナット、ボルト、フックなどの半端品を手に入れます。

次におとうさんがうろうろ歩きを始めたら、このひとりだけの空間に関心を向けさせましょう。たとえば、こんなふうに。「探していた工具は見つかった? なんて名前だっけ? 溝みぞかんな?」

おとうさんは黙って〝工房〟に姿を消しますが、数分後、腕いっぱいに木工カタログを抱えてもどり、質問に答えてくれます。「いや、ちがうな。溝かんなはもう持ってるんだ。あのカタログはどこだろう? ほら、来てごらん、見せてあげるから」

おとうさんのそばに腰をおろし、工具をひとつひとつ説明してもらいながら、一緒にカタログを見ましょう。いつしかその話に夢中になって、本気でいくつか質問をするかもしれません。〝工房〟について話すおとうさんの姿は、あなたの思い出そのままに博識で思慮深く、認知症にはとうてい見えないはずです。

99. 標識

ほとんどのアルツハイマー患者は、たとえ認知症が進んでいても、短い文や単語を読む能力は保っています。簡単な標識を設ければ、患者が自分の居場所を確かめるのに役立ちます。太くはっきりした文字を使いましょう。壁に標識を掲げるときは、ふつうの姿勢で目の高さに来る位置につけます。腰の曲がったおじいさんの場合は、顔をまっすぐあげなくても見える位置にするのです。そのうえで、家のなかの照明を確認してください。周囲が暗くて字が読めなければ、標識も役に立ちません。


衝撃音 午前四時、ぐっすり寝入っているところへ、居間からいきなり衝撃音が響いて、眠りを破られました。おじいさんが脚の骨を折って床に伸びているさまが頭に浮かび、あなたは大慌てでベッドから飛び出します。そして電灯を次々につけながら、廊下を走って騒音のもとに向かいます。見れば、粉々に割れたランプのそばにおじいさんが立って、せっぱ詰まった表情を浮かべています。あなたはただちに、おじいさんをトイレへ誘導し、なんとか事なきを得ました。

翌日、あなたは、おじいさん(とあなた)が暮らしやすい環境を作ろうと考えます。いまも簡単なことばなら理解できるので、自宅の壁のあちこちに、いろいろな標識を掲げるのです。

〝トイレ〟という標識と、方向を示す矢印を、廊下の壁の目の高さに取りつけます。トイレそのもののドアには、特大の標識を貼ります。次に、おじいさんの部屋をはじめ、各部屋のドアに、それぞれ役割を示す標識をつけましょう。〝居間〟〝キッチン〟〝食堂〟といった具合に。また、洗濯かごとくずかごなど、きちんと見分けてほしい用具にも、張り紙をします。慌てなくても、だいじょうぶ。一日ですべてを終える必要はありません。標識は必要に応じて作ったり、加えたり、内容を変えたり、取り替えたりしてください。

数日かけて標識を作ったら、おじいさんに披露しましょう。標識をひとつひとつ見せて、声に出して読みあげるのです。これを何度か繰り返せば、おじいさんもひとりで標識に従って移動できるようになるでしょう。

「止まれ!ドアから出るな!」という標識を、あらゆる出口と、安全の確保が必要なドアの内側に貼ってください。


ベッツィおばさんは目がよく見えないので、汚れたワンピースでもクロゼットにもどすことがよくあります。そもそも、おばさんの若いころ洗濯といえば大変な作業で、ほんとうに必要になるまで服を洗わないのがふつうでした。だから、洗ったほうがいいと忠告すると、ひどくうろたえます。

「ベッツィおばさん、そのワンピースを洗濯しましょうよ」と言えば、「だけど、汚れてないでしょう!」と返ってきます。「でも、おばさんは、この三日、同じ服を着つづけてるのよ」と言うと、「ほら、汚れてないでしょう! 洗濯する意味がない。石けんと水のむだよ」

あなたは理屈で言って聞かせようとします。「どうせ、かごのなかの汚れ物は全部洗わなきゃならないんだし、おばさんのワンピースを入れるスペースも残ってるから、石けんも水も余分には使わないのよ。さあ、そのワンピースをかごに入れて」

すると、おぼあさんは、下着や靴下でいっぱいのかごをのぞきこんで言います。「こんな汚いものと、わたしのワンピースを一緒に洗ってほしくないね!」また騒ぎ立てる前に、あなたはそっとワンピースを取りあげます。おばさんの前では、それをほかの洗濯物とべつにするよう心がけてください。

〝汚れ物はすべてここへ〟という標識を、かごに貼ってみましょう。うまくいかなければ、おばさん用にプラスチック製の洗濯物入れをふたつ買って、ひとつには〝ワンピース専用〟、もうひとつに〝そのほかの汚れもの〟と書いておきます。

100. 食欲

おとうさんの食欲にはむらがあります。昼食にほとんど手をつけないかと思えば、べつのときにはとめどなく食べつづけるのです。こういう場合、空腹や満腹を感じる能力を阻害されているせいで、いつ、どれだけの量を食べるべきか、わからなくなっているのかもしれません。次の質問にあてはまるかどうか、調べてみましょう。

  • 薬が食欲に影響をおよぼしていないか。
  • 排泄に問題はないか。
  • 歯に問題はないか。
  • 体のどこかに痛みを感じていないか。
  • 適当な運動は行なっているか。
  • 食事以外のときの機嫌はいいか。
  • うつの徴候を示していないか。
  • 食器の使いかたを忘れてはいないか。

あてはまる質問がひとつもない場合、食欲にむらのある原因は、おそらくアルツハイマーです。対策のひとつとして、食事の内容や時間を変えるといいでしょう。食欲が旺盛な日には朝食をたっぷり与え、翌日は軽い食事にしか興味を示さなければ、軽食でよしとするのです。結局のところ、毎日きっちり三度の食事を取る必要はないのですから。

ただし、全体的な食事の内容と量に目を光らせて、基本的な栄養はしっかり摂れるようにしましょう。毎日ビタミンを摂れるよう心がけ、必要ならば、栄養補助食品を用いましょう。一般に売られている栄養補助ドリンクは、砂糖の含有量がかなり多いので注意が必要です。食欲のむらが長く続いて、それが心配になってきたら、主治医に相談しましょう。

101. 性生活

アルツハイマーのせいで、長いあいだ抑えてきた反社会的な行動が表面化して、患者が不適切な性行動を示すことがあります。そうした問題が生じたら、臨床心理士に相談しましょう。

人はだれしも、愛されている実感を必要とします。アルツハイマー患者も例外ではありません。ナーシングホームで入居者どうしのロマンスが花咲くこともよくあります。ただし、ふつうは、ティーンエイジャーのように手をつないだり寄り添ったりするだけですが。

おかあさんは高齢者センターの月例懇親会に参加しています。車で送ったあとは安全な場所にいるので、あなたは心待ちにしていた数時間の息抜きをゆっくり楽しめます。おかあさんはいまも、昔の曲に合わせてダンスをするのが大好きです。最近になって、決まったダンスパートナーができました。一緒にいるととても楽しそうなので、あなたはその男性を夕食に招きました。男性はひとり暮らしで、お返しに自宅に招いてくれました。まもなく、ふたりはたびたび会うようになります。あなたは車でおかあさんを相手の家へ送ったり、ときには、レストランや映画館の前でふたりを降ろしたりします。

ある日、車でおかあさんを迎えに行って早めに到着したところ、激しく抱きあうふたりを目撃して、ショックを受けます。ふたりに肉体的な関わりがあるとは考えてもみなかったからです。もちろん、高齢者の性生活について記事はいろいろ読んでいましたが、おかあさんがだれかとそうした関係を持つとは思いもよりませんでした。実のところ、おかあさんがもっと若かったころでさえ、性的な面を考えたことは一度もありません。両親をそんな目で見る人は、めったにいないでしょう。

平静を取りもどしさえすれば、おかあさんがいかに幸運かわかるはずです。感じのいいこの男性は見るからにおかあさんに好意を抱き、認知症ごと受け入れているのです。できるかぎり、ふたりの関係を支援しましょう。これからは、必ず時間ぴったりに迎えに行くよう、心がけます。また、相手の男性がやってきて、おかあさんの部屋にはいったら、ふたりのプライバシーを尊重してください。

この新しい男友だちは、外の世界の人々に対して、おかあさんの気持ちを代弁してくれるはずです。あなたの抱える問題をほんとうに理解できるただひとりの人物ですから、困ったときには相談に乗ってもらえるでしょう。それどころか、だれよりも心強い味方になってくれます。


おかあさんが重い認知症なので、あなたも一緒に暮らしています。とはいえ、両親の性生活はいまだ活発です。ある夜、両親の寝室から血も凍るような悲鳴が聞こえてきました。声の主はおかあさんで、こう叫んでいます。「触らないで! この男を部屋から追い出して! あなただれなの? 近寄らないでよ!」そこへ、半裸のおとうさんが涙ぐんで部屋から飛び出してきます。「かあさんに電話を投げつけられたよ。わたしがだれかわからないんだ。ああ、いったいどうすりゃいい?」

おとうさんをすばやく抱きしめ、そばに駆け寄っておかあさんをなだめてください。だいじょうぶ、このできごとはおかあさんの記憶には残りません。なにしろ、起きたことをたちまち忘れてしまうのですから。

これまで両親の私生活についておとうさんと話したことはありませんが、いまやあなたも当事者のひとりです。おとうさんに現在の心のうちをぶちまけてもらい、悩みに理解を示しましょう。そして、できるなら性的な関係を制限して、愛情を込めてなでる、肩を抱く、抱きしめる、触れる、といった行為にとどめてはどうかと提案します。そうすれば、おかあさんが取り乱す可能性も減るはずです。また、この件について、サポートグループの集まりで話すことを勧めましょう。グループの人たちと私生活について話しあうのは気恥ずかしいかもしれませんから、あなたも同行して精神的に支えると申し出てください。なにしろ、おとうさんの世代の人々、とくに男性は、自分の気持ちは心に秘めておくべきだと信じているので。


デリケートな状況 あなたは気持ちのいい朝を迎えました。きょうはすばらしい予定があり、上機嫌でおかあさんを起こしに行きます。ドアをノックしましたが、いつもとちがって返事がないので、やむなく部屋にはいります。ところがその瞬間、ぴたりと足が止まりました。おかあさんが、満ち足りた表情で自慰にふけっていたのです。気づかれないうちに、あなたは急いで部屋を出ます。客観的には、マスターベーションが一〇〇パーセント自然で、正常で、人間らしい行動だと承知しています。だけど、自分のおかあさんが? あなたに見られたと知ったら、当のおかあさんも、きっと死ぬほど恥ずかしがるはずです。

あなたはしばらく、まともに息ができません。なんとか深呼吸をして、「どう対処しよう?」と自問します。もう一度深く息を吸って、キッチンにもどり、心を落ち着けます。とはいえ、できることは何ひとつありません。今後はおかあさんの部屋にいきなり足を踏み入れないよう、心がけるだけです。

そして、いままでとはちがった目で母親を見るようになります。おかあさんも、あなたと同じ、正常な肉体的衝動を持つ女性なのです。


ダンおじさんは最近、自分自身を愛撫するようになりました。家のなかなら、やさしく部屋へ導きながら、ごくふつうの落ち着いた口調で話しかけましょう。「ダンおじさん、自分の部屋でしばらく過ごしてはどうかな?」

人前であれば、深呼吸をしてから、そっと言い聞かせます。「おじさん、家に帰ってからにしようよ」あなたのことばを理解してもらえないようなら、何か説得力のあることを言って、注意をそらしましょう。「おじさん、靴ひもがほどけてるよ」「ダンおじさん、喫茶店があるよ。さっきカプチーノを飲みたいって言ってたね。さあ、行こう」

相手の腕をとって、さりげなく手を体から引き離します。そしてすかさず歩きはじめて、おじさんの心を新たな対象に向けさせるのです。

ある日、おとうさんに体をまさぐられ、おかあさんの名前で呼ばれたとします。あなたはおそらく恐怖に襲われるでしょうが、なんとか自制心を取りもどし、腕を伸ばして相手を押しとどめ、こう言います。「おとうさん、気持ちは嬉しいんだけど、そういう親子の愛情表現は夕食のあとまで待って」

自分のしでかしたことに気づいたら、おとうさんは気まずい思いをするでしょう。そのときは腕を取って、安心させてください。「おかあさんが恋しくてたまらないのね。気持ちは、とってもわかる。わたしはおとうさんが大好きだし、一緒に暮らせて嬉しいのよ」それから、しばらく休憩を取ろうと持ちかけて、音楽を楽しんだり、遠出の計画を立てたりして一緒に過ごしましょう。

102. お金

生産性の高い社会人生活を送ってきた友人のアーサーにとって、お金は自尊心の大きな象徴でした。いまではアーサーの金銭的な面倒をあなたが見ていますが、ときには自分で小さな買い物ができるようにと、彼の財布に紙幣数枚と小銭を入れてあります。

ある日、ふたりでスーパーのレジに並んでいるときに、友人が財布の中身を確認してひどく動揺しました。「ぼくの金を盗んだのはだれだ? 金をだれかに盗まれたぞ! 全財産をここに入れておいたのに、それがいまはなくなってる。ぼくの全財産を盗んだのはだれだ?」

友人の腕を優しく取って、こう言いましょう。「アーサー、財布を見せてくれないか? ええと……一五ドルあるようだね。たしか、きょうはこれだけしか持たないって自分で決めたはずだよ。きのう、残りの金を銀行に預けていただろう」

「そんなこと、記憶にないぞ」

「きのうは一日じゅう慌しかったからね、きみが言い出すまで、ぼくも銀行のことはすっかり忘れていたよ。ぼくがレジでふたりぶんの支払いをするから、あとで銀行に出かけて、返してくれないかな?」

アーサーがお金のことを気にしつづけるようなら、毎週金曜日に、〝給料支払小切手〟を郵便で届けるといいでしょう。自尊心を高めるのに大きな効果があります。あなたは、届いた〝小切手〟を銀行に〝預け〟てあげると申し出て、あとで破いてしまえばいいのです。

友人のパティは、どこへでもバッグを持ち歩きます。中身はと言えば、奇妙なものがたくさん。歯磨きのチューブ、古いグリーティングカード、片方だけの靴下……。あなたはときどき、パティと外出する前に、バッグに紙幣をこっそり数枚入れておきます。

地元のカフェで、ランチを食べおわったとしましょう。パティはおごらせてほしいと言い張りますが、あなたはきょう、バッグに紙幣を忍ばせるのを忘れてしまいました。ここ数年、パティの銀行口座を管理してきたのは自分だと思い出させたいところですが、あなたはぐっとこらえます。代わりに、こう言います。「まあ、パティ。そんなこと、させられるものですか。前回のランチはおごってもらったから、こん

どはわたしの番よ」

この状況をうまく利用して相手を褒めれば、注意をそらすこともできます。「あなたってすごく気前がいいのね。いい友人を持って幸せよ。親切とはどういうものか、お手本をたくさん示してくれるんだもの」

103. 質問

本書の提案に従ったおかげで、おばあさんとのコミュニケーションは大幅に改善されました。それでも、こちらの質問に対して期待どおりの答が得られず、困ることがよくあります。とっさに拒否反応を示されないよう、質問を工夫しましょう。望みどおりの答を得られる質問のしかたを学ぶのです。「ビタミン剤を飲む?」と訊ねるのではなく(たぶん、「いらない!」という答が返ってくるはずです)、次のように提案しましょう。「卵を食べる前にビタミン剤をどうぞ。先にこれを飲んでね。心臓にいいのよ。さあ、口を大きくあけて(一緒に口を大きくあければ、相手もそれをまねするはずです)。なかに入れて! はい、おしまい! ありがとう。さあ、卵を食べましょう」

前日の話を覚えていないかもしれないので、何か質問をするときは、短い要約を加えましょう。たとえば、こんなふうに。「きのう、この新しい夜用パッドを買ったでしょう。だから、少しくらい粗相があってもだいじょうぶ。おばあちゃんも、いい考えだって言ったよね。さあ、パジャマを着る前にこれをつけて。なかなかいいと思わない?」

イエスかノーだけで答えられる質問をするときは、注意が必要です。この手の質問は、おばあさんをちょっとした世間話に引き入れるには好都合ですが、何かしてほしいことがある場合は、質問の内容を、予測どおりの答が得られるように工夫しなくてはいけません。「おふろにはいりたい?」と訊ねたら、たいていは、きっぱり「はいりたくない!」という答が返ってくるので、もっと巧妙に働きかけるのです。

たとえば、こんなふうに。「おばあちゃん、見せたいものがあるの。さあ、手伝うから立ちあがって。よいしょっと! 今度は、この廊下を向こうへ歩いてね。きのう、ふたりで買い物に行って、ふわふわの緑のタオルを買ったでしょう。そして、きょう、お風呂のあとでそのタオルを使わせてあげるって約束したよね。ほら、そのタオル、柔らかいでしょう?」

質問するときは、欲しい答が自然に出てくる訊きかたを心がけましょう。口に出す前に、少し考えてみてください。「やりたくないんでしょう?」と訊ねれば、答もおのずと否定的になります。けれども、「やりたいんでしょう?」と訊ねれば、肯定的な答を得やすいはずです。また、うなずきながら質問すると、たいていの場合、前向きな答が返ってきます。

記憶を要する質問は混乱を招く恐れがありますから、何かの思い出に触れるときは細心の注意を払ってください。「覚えてる?」「覚えてない?」「忘れちゃった?」などの言い回しは、あなたの語彙から消してしまいましょう。

おばあさんの記憶力を試すような質問、たとえば「エマおばさんに子どもが何人いたか覚えてる?」といった質問をしても、ノーという答しか返ってきません。あなたがなんの話をしているのかさえ、おぼつかないのですから。

質問の前に簡単な説明や要約をつけ加えれば、あなたの欲しい情報を思い出してもらえるかもしれません。たとえば、こんなふうに。「おばあちゃんの妹のエマのことだけど、子どもが何人かいたよね。全員を思い出したくて、ジム、マイク、サリーまでは出て来たんだけど、その下の子たちがわからないの。おばあちゃんはどう?」

おばあさんが残りの子どもの名前を思い出せたら、あなたより記憶力がいいことになります。たとえ思え出せなくても、あなたも思い出せなかったのを伝えてあるので、ふたりそろって物忘れがひどいことを笑い飛ばせます。

詳しい説明をつねに行なうには訓練が必要ですが、やがてこれが習い性となるでしょう。おばあさんのストレスも減り、ときには、驚くほど適切な答が返ってくるはずです。

104. 反応

おかあさんとのあいだに最大のあつれきを生みだすことばは、「だめ!」です。小さな危険を回避しようとして、このことばを使ったとしても、結局はよけい混乱を招くだけです。即座にことばの意味が理解されることは、めったにありません。相手には、耳障りな声の調子だけが届きます。おかあさんの行動も止められず、いたずらに不安を煽って驚かせるばかり。危険を回避するときは、「だめ!」と言うのではなく、穏やかに、しかしすばやく相手の行動をさえぎってください。

おかあさんがキッチンカウンターに立って、夕食のサラダの仕上げをしていました。冷蔵庫から紙パックのチョコレート豆乳を取り出し、それをドレッシングと思いこんでサラダにかけはじめます。あなたはとっさに「だめ!」と叫びそうになりますが、ぐっとこらえて、おかあさんのもとへ飛んでいきます。うまく間にあったら、紙パックの下に手をあて、豆乳をかけるのをさり気なく止め、こう言います。「あらまあ、おかあさんたら瓶をまちがったのね。今夜はマヨネーズタイプのドレッシングを使いたいって言ってたじゃない。それは冷蔵庫の奥の白い瓶よ。ほらね?」

間にあわなければ、相手の注意をそらしてサラダの救出を試みます。「おかあさん、まだ余力はある? たくさん働かせちゃったけど、テーブルのセッティングも手伝ってもらいたいの。代わりに、サラダの仕上げはわたしにさせて」

もっと深刻な事態においても、「だめ!」という反応はなるべく避けましょう。たとえば、おかあさんがやかんと勘ちがいして鍋つかみをこんろに載せ、点火しようとしました。家が炎に包まれるさまが浮かんで、あなたはとっさに「だめ!」と金切り声をあげそうになります。けれども、まず深呼吸をして駆け寄り、急いで鍋つかみを拾いあげてください。そして、おかあさんの体に両腕を回し、再び深呼吸をして、できるだけ穏やかな声で言います。「あら、いい考えね、いますぐお茶にしましょう。やかんに水を入れてもらえる? フレーバーティーはどれがいい?」

こうした事故は、〝キッチンの安全に注意を払うべし〟という警告になります。こんろの点火スイッチをはずし、二度と同じことが起こらないようにしましょう。

事態を収拾できたと胸をなでおろしたとたん、その不意をついて、どう反応していいかわからないできごとが起こるものです。たとえば、おかあさんを車に待たせて、手紙を投函しにいったとしましょう。二分ほど離れているあいだに、どういうわけかおかあさんがブラウスを脱いでしまいました。それだけならいいのですが、あいにくブラウスの下には何も着ていません。

駐車場には人がたくさんいて、半裸姿のおかあさんは車外から丸見え。あなたは恥ずかしさのあまり、金切り声を浴びせそうになります。そして母子の縁を切るか、翌朝いちばんでナーシングホームに放りこみたい、とまで思います。

けれども、ぐっとこらえてください。少なくとも二回は深呼吸をしてから、おかあさんの待つ車に乗りこみ、悠然と窓をあけて涼しい空気を入れ、ブラウスを着せます。「暑かったのね? 窓をあけるから、さあ、ブラウスを着ましょう。どこかで冷たいレモネードでも飲んだほうがよさそうね。どう思う?」

おかあさんには、あなたを動揺させるつもりは毛頭ありません。頭が混乱しているせいで、差し迫った要求、この場合は涼みたいという要求を、やりすごせなくなったのです。たぶん、車のなかにいることも忘れて。叱ったところで、すでに終わって変えようのないできごとについて恥ずかしい思いをさせるだけです。しかも、記憶障害があるため、よもや自分が人前でブラウスを脱いだせいで、あなたがそんな反応を示したのだとは考えもしないでしょう。

ある日、ガレージから聞こえるうなり音で、おとうさんが安楽椅子に座っていないことに気づきました。ガレージに駆けつけてみると、携帯のこぎりと小さな木片を持って作業台の前にいます。あわや大惨事! あなたがガレージにはいったとき、おとうさんは木片の切断に取りかかるところでした。

とっさに金切り声をあげて制止しようとしますが、ふと、いま感情を爆発させればおとうさんを驚かせて、けがをさせてしまうかもしれないと気づきます。あなたはとっさの反応を抑えるすべを学んでいるため、わりあい冷静です。

急いでそばに行き、こう言いましょう。「とうさん、邪魔してごめん。しばらく作業を眺めさせてくれないかな。とうさんは物知りだから、いつもすごく勉強になるんだよ。でも、まずはお昼にしよう。昼ごはんの用意はできてるし、とうさんもお腹が空いてるみたいだし。食べおえたら、午後の予定に一緒に取り組もう」

このように、相手の注意をそらして惨事が起きるのを防ぎ、褒めことばで、おとうさんの作業に興味があることを示しましょう。

105. 現実

奥さんは、ふつうの意味で〝何かを思い出す〟ことはめったにありません。たいていは、過去の経験を思い出すのではなく〝追体験〟しています。このふたつには、大きなちがいがあります。奥さんは、特定の記憶を現在のできごととしてとらえています。いわば、過去をもう一度やり直しているのです。奥さんの目から見た現実世界にはいりこむ努力をすれば、コミュニケーションが取りやすくなるでしょう。それぞれの瞬間を、当時の状況そのままに受け入れてください。記憶のなかに生きる時間が増える格好になりますが、だからといって、奥さんを責めてはいけません。なにしろ、〝現在〟には混乱させられてばかりいるのですから。アルツハイマー病はとくに、短期記憶をつかさどる脳細胞を破壊するのです。

奥さんとの夫婦仲はたいそうよかったので、以前は、その状況が変わるとは考えもしませんでした。けれども、いまではもうわかっています。目の前の女性は、顔も声も奥さんそっくりですが、もはやその体内に、よく知っていた人格は存在しません。あなたは奥さんを探し求めては、消えてしまったことを悲しみ、怒ります。そして、本来の姿を奥さんが思い出しさえすれば、すぐに病状が回復するはずだと考えます。相手を揺さぶって、見慣れた体から〝ほんとう〟の人格を浮かびあがらせたくなります。

多くの人は、アルツハイマー患者の現実がまやかしであって、ふつうとはちがうことを無理にでも本人に気づかせれば、記憶がもどってすべてが昔どおりになるはずだと考えます。けれども、その考えは誤りです。すべてが昔どおりになることはけっしてありません。いまのあなたが取れる最善の対応は、新たに生まれた奥さんの人格を理解し、受け入れることです。

奥さんはときおり、起きたばかりのできごとも思い出せませんが、逆に三〇年前、いや六〇年前のできごとでさえ、たびたび追体験しています。そして、こんなふうに言います。「おかあさんが昼食の用意をしているから、すぐに帰らなきゃ。叱られちゃう」このとき、奥さんは子ども時代のある瞬間を追体験しているのです。ですから、現実を突きつけるような発言、たとえば次のような発言は控えましょう。「きみはここに住んでるんだ。この家に! ぼくと一緒に! それに、きみのおかあさんはとうの昔に亡くなっているよ」奥さんは過去を完全に現実と見なしているのですから、あなたも追体験に参加してください。相手の体に腕をまわして、こう言います。「おかあさんから電話があって、あとでここにくると言ってたよ。昼食は先にすませてほしいそうだ」しばらくは奥さんもこれで納得するでしょうし、昼食を終えるころには何もかも忘れてしまうはずです。この種の受け答えは、とりもなおさず、その瞬間の奥さんの思考や感情を尊重することを意味します。相手の現実に基づいているので、あなたの発言は奥さんにとって真実にほかなりません。

夕食の準備中に、おとうさんが大きなゴム長靴とレインコートを身に着けて、足を踏み鳴らしながらキッチンにはいってきました。友人のラリーが遅刻した、と言って怒り狂っています。「あいつはいったいどこだ? 日が落ちる前に湖へ着かなきゃならないことを知ってるはずなんだが。ラリーときたら、時間を守ったためしがない。どうしてこう、いつも悩まされ……」

ラリーは一〇代のころからの親友で、ふたりとも釣りが大好きでした。ここで〝現実の世界〟を突きつけて、おとうさんが八〇歳を超えていること、ラリーは二〇年前に亡くなったことを切々と説いても意味はありません。いまこの瞬間、おとうさんは一八歳にもどっているのですから。それでは、どうすればなだめられるでしょうか。

こういう場合は、愛情からのうそをついて、そのあと注意をそらしてください。たとえば、こんなふうに。

「ラリーが電話をかけてきて、うちの食事が終わるころに来るそうよ。出かけるときまで、レインコートはここに掛けておくね。食卓でそんなもの着てたら、居心地が悪いでしょう? ところで、おとうさん、きのう金物屋で見かけたへんてこな工具のことを教えてくれるって約束したよね。のこぎりの一種だと言ってたけど、ほら、こんな形の……」

おとうさんはじきに、釣り旅行や遠い昔の友人のことを、すっかり忘れるはずです。

106. 未来

計画を立てることは、〝未来〟に通じます。だれしも一定の未来像を抱いていますが、実のところ、何ひとつ定かではありません。未来の行為をあれこれ〝計画〟するのは、じつに楽しい経験です。宝くじに当たったらどうしようか、と考えてごらんなさい!

おとうさんは計画を立てるのが大好きです。あなたが子どものころは、水仙もまだ咲かないうちから家族の夏休みの予定を立てていました。いま、おとうさんは翌日やるべきことを話しては楽しんでいますが、本気にしろ、ただの空想にしろ、翌日にはほとんど忘れてしまっています。万一、あなたの予定に合わないことを覚えていた場合は、興味をそそる代案を持ち出して、方向転換させましょう。たとえば、こんなふうに。「思いがけない報せがあるんだ。この前、とうさんは図書館(または特定の店)に行きたがったけど、閉まっていただろう。でも、きょうは行けるよ。どう? すごくいい報せだろう?」

おとうさんにとって、子ども時代に家族で出かけたピクニックは、いまも楽しい思い出です。伝説とも言うべきその行事について、あなたは繰り返し聞かされて育ちました。そういうわけで、おとうさんの気持ちを盛り上げたいときはいつも、昔のようなピクニックを計画してはどうかと勧めます。「ねえ、日曜日はすごく天気がよくなるそうだよ。ニュースの天気予報でそう言っていた。公園にピクニックに出かけるのはどうかな。デリに行って、昔おばあさんが作ってたみたいなピクニックランチを買ってさ」

その夜はずっと、ピクニックについて(現実であろうと、なかろうと)細部にいたるまで計画して過ごします。なかでも食べ物は、あれこれ空想にふけるにはうってつけの題材です。話しているうち、ふっとあなたの頭に、おとうさんのお気に入りの思い出が甦ってきます。

「ねえ、おとうさんが大好きだったあの小さな町にまた行きたいんだけど。感じのいい本屋とカフェがあるから、読書とランチを楽しめるよ。あそこのアボカドと芽キャベツのターキーサンドはおいしいし。お昼のあとは、角を曲がったアイスクリーム屋に行って、コーンに載せたでっかいアイスクリームを食べよう。おとうさんは何味がいい? アーモンド入りチョコレート? マカデミアナッツのはいったキウイ味? それとも、ビアナッツ入りギネス味?」

おとうさんの好きな食べ物を話題に出すようにしましょう。その反応を見ながら話を進めます。要は、あなたは約束をしているのではない、ということ。未来のひとつの可能性を描いてみせているだけなのです。

107. 日誌

毎日の行動を、たとえ一、二行ずつでも書きとめておきましょう。そうすれば、おとうさんの好きな食事や訪問先、娯楽、お気に入りの話などを把握しておけます。また、身体や精神の状態の記録にもなります。治療薬は場合によってひどい副作用を起こす恐れがあるので、薬に対する反応がどうだったか、医師に提供する情報がたくさんあれば、必要に応じて服用量を調節したり、安全な代替薬に変えたりしてもらえるはずです。

書くことが好きなら、おとうさんが話す内容や、一緒に楽しんだ体験を日誌につづるのもいいでしょう。のちに、ともに過ごした日々をしのぶ貴重なよすがとなります。おとうさんの記憶がはっきりしているときは、すかさず、思い出話をするよう頼みましょう。あなたも力を貸すので〝自伝〟を書いてはどうかと勧めるのもひとつの方法です。その内容を、あなた自身のことばで膨らませてください。たとえ同じ話を何度も聞いたことがあろうと、文字にすると特別な意義が生じ、家族史の一部となるのです。

108. 思い出の記録

あなたはときおり、いつも夫にビデオカメラを向けていられたらいいのに、と強く思います。それができれば、文字として日誌に書きとめると魅力が失われるような、愉快な楽しいことばを撮り逃す恐れもありません。

ビデオカメラを持っているなら、ときには高い場所に置くか三脚にセットして、午後じゅうテープを回してみましょう。いまは面白みを感じられないかもしれませんが、きっとあとになって、こうしたテープをありがたく思うはずです。夫とのかけがえのない生活の記録が収められているのですから。

あなたは大小さまざまなできごとを、自分のためにも、家族のためにも、記録に残しておきたいと考えます。愉快なできごともあれば、感傷的なできごと、奇妙なできごともあり、ときには夫が興に乗って想い出をとうとうと語りはじめることもあります。それを耳にするのが一〇〇回めでも、ほかの家族のために記録に取っておきましょう。真実であろうとなかろうと、それらはあなたたち夫婦の人生の一部なのです。夫が語るようすを記録したビデオは、この先、大きな宝となるはずです。

また、バッグやポケットに小さなカセットレコーダーを忍ばせておけば、いつでもどこでも夫のことばを記録できます。それらは、あとで日誌に書き写しましょう。

109. 書類の作成

おかあさんにはいつも、以下の個人情報を記した文書を持たせておきましょう。

  • 社会保障番号、高齢者医療健康保険制度や低所得者医療扶助制度などの保険情報
  • 緊急連絡先の電話番号一覧
  • 金銭面に関する永続的な委任状のコピー
  • リビングウィルを含む医療委任状のコピー
  • DNR指示書(蘇生処置を拒否する文書)のコピー

金銭面に関する永続的な委任状とは、おかあさんの代わりに金銭や資産に関して決定をくだすための、法的権利を与えてくれる公正証書です。

医療委任状は、おかあさんが自分で医療関連の決定ができなくなった場合に備えて、代理人を指名した署名入り文書です。通常、この文書には、死にいたる病または不治の病に冒されたとき、治療中止を求める条項が含まれています(これはリビングウィルとも呼ばれます)。

DNR指示書は、万一心臓が停止した場合に、本人がCPR(心肺蘇生)を望まない旨を記した署名入りの文書です。おかあさんのために指示書を作成することを決めたら、主治医とよく相談しましょう。また、指示書はつねに本人に持たせておきます。心肺蘇生の結果がテレビや映画のとおりになることは、めったにありません。現実には、たまにしか成功しないのです。押す力が強すぎて、肋骨が折れたり胸骨が砕けたりすることもよくあります。おかあさんをそんな目に遭わせたいですか? DNR指示の用紙については、地元のEMT(救急救命士)、消防署、病院に問いあわせてください。おかあさんの意思を尊重するためには、地元のどの救急隊員にも、ひと目でこの文書を認識してもらえる必要があります。

医療委任状およびDNR指示書のコピーは、主治医の診療所、デイケアセンター、おかあさんとつきあいのある親族や友人宅など、あらゆる場所に置いてもらいましょう。

おかあさんが徘徊を始めたら、個人情報カードを作ります。そして、救急隊員の役に立ちそうな主な病歴を記載し、大キャビネ版(一二七×一七八ミリ)か六切り版(二〇三×二五四ミリ)の写真(または写真のコピー)を添付して、それらを地元の警察に提出してください。徘徊中のおかあさんが発見されたときのために、ファイルに保管してくれるはずです。また、本人にはつねに、医療情報識別ブレスレットを身に着けさせましょう。

110. プロジェクト

あなたとおばあさんは、ひもや布地から古い歯ブラシにいたるまで、およそあらゆるものから芸術作品を生み出しています。厚紙にいろいろ貼って箱を作ったり、支えなしに立つ彫像を作ったり。いずれにせよ、芸術であるか否かに判断基準はありません!

もしかしたら、おばあさんひとりでは、こうしたプロジェクトを始めたり続けたりできないかもしれません。その場合は、前向きに考えて、あなたもおばあさんと一緒に作業することで日々の楽しみを増やしましょう。


プロジェクトの案

  • 牛乳パックですばらしい〝祭壇〟を作ってみましょう。まずは前面を切り抜くか、切り開いて折り戸にし、金色か、銀色か、とにかく好みの色のスプレーを吹きつけます。次に、これまでに集めた小物を祭壇内に並べます。松ぼっくり、親指サイズの小さな人形、壊れたブローチ、小石、木の葉などなど……。これらには色を塗っても、自然のままでもかまいません。祭壇に何を置くかは、完全にあなたたちしだいです。
  • 植木鉢、バスケット、額縁は、芸術プロジェクトの手はじめとしてうってつけです。リボンや古いボタンで飾りつけをしたり、色を塗ったり、雑誌の写真でデクパージュ(訳注 木・金属・ガラスなどに絵を貼りつけて、上からニスを塗って仕上げること)を施したり、さまざまな形のパスタを一面に貼りつけてカラースプレーを吹きつけたりしましょう。
  • 木の葉、小枝、松ぼっくり、木の実など、自然からの贈り物を使って〝彫像〟を作りましょう。また、廃材、金物類、壊れた工具、ナット、ボルト、古い台所用具、古い皿や割れた皿、陶器の破片、タイルのかけら、パーティの記念品、小さなおもちゃ、時計の部品、古い装身具などは、雰囲気作りに効果的です。木工用ボンド、接触接合剤、接着剤でこれらを貼りつけるか、タイル用セメントでくっつけます。

コラージュ あなたはすでに、コラージュの作りかたをたまたま〝発見〟しているかもしれません。たとえば、プレゼントのラッピング用素材を切らしていたので、無地の薄紙を使うことにして、古雑誌から切り抜いたカラフルな写真を薄紙一面に貼りつけました。このラッピングペーパーはパーティで大好評でした。とても面白かったので、今度はボール紙を使ってまたやってみようと考えました。以降、コラージュ用のさまざまな写真を大箱いっぱいに集めています。

いとこのティルダが動物好きなので、集めた写真のなかには、古い『ナショナル・ジオグラフィック』誌の切り抜きや自然風景の描かれたカレンダーもあります。ティルダが失敗なくコラージュを作れるよう、まずはボール紙一面に、色いろ紙がみ、工作用紙、カレンダーの写真を貼りつけましょう。ティルダには、必要に応じて安全ばさみで写真を切り抜いてもらいますが、スティックのりの扱いは苦手なので、のりづけ作業は引き受けます。彼女が置いた場所に、切り抜きを貼りつけていくのです。写真の縁をわざとジグザグに切って、一部が重なりあうように配置すると、いっそう効果的でしょう。以下に、アイデアをいくつか紹介します。


  • カレンダーの自然風景の写真で作った大木のコラージュ。小さな鳥の写真を切り抜いて、コラージュの木の〝枝〟一面に貼りつけます。
  • 食品や家庭雑誌から切り抜いたデザート写真のコラージュ。
  • セクシーなコラージュ。まず女性の顔の大きな写真を貼り、そのまわりに小さな切り抜きをたくさん重ねあわせていきます。遠目には、髪の毛がなだれ落ちているように見えるでしょう。

創作に自信がついたら、家族の写真でコラージュを作ってみましょう。


手工芸 あなたが子どものころ、おばあさんは暇さえあれば、編み物をしていました。そして最近、古い編み棒と糸が見つかりました。あなたはいそいそとそれらを持って行きますが、おばあさんはしばらく指でもてあそんだだけで、じきに放り出してしまいました。どうやら、使いかたを忘れてしまったようです。

おばあさんはかつて、手で何か作るのをとても楽しんでいました。そこで、もっとふさわしい対象はないかと探してみたところ、手工芸の本が見つかったので、必要な道具を買いそろえました。四角いフェルト、フォームボール、のり、安全はさみ……。期待満々でこれらすべてを前に並べてみましたが、おばあさんは道具の山をただ見つめるばかり。何を言っても、やる気が起こらないようです。「おばあちゃん、ほら見て。これでかわいらしい贈り物が作れるはずよ……これを切り抜いて……それから、これも……ここを折って、のりづけして……」

けれども、つっけんどんな答が返ってきます。「そんなにかわいいって言うんなら、おまえが作ればいいじゃないの」なるほど! あなたは自分でやってみることにしました。椅子を引き寄せて、作業を始めます。本に書かれたとおり、きっちりと。ところが、半分ほど進んだところで、どうしていいのかわからなくなりました。あなたの作品は、本の写真に似ても似つかないのです。「おばあちゃん、まちがっちゃったみたい。ここからどうすればいいと思う?」

あなたはこれが分かれ道だと感じています。作品を丸ごと廃棄するか、ここまで作ったからには突っ走るか。おもむろに手近な材料をつかみ、好きな形に切り取って、貼りつけます。さらに、ぴかぴか光る飾り物やら、毛糸やリボンの切れ端やらをつけていきます。しばらくすると、おばあさんも我慢できなくなって、作業に加わりました。

最終的なできばえがどうあれ、ふたりとも大いに楽しみましたし、あなたは成功の秘訣を発見しました。それは、一緒に作業をすること。創作には決まった手順などないし、完璧な結果を期待してもいけません。何より大切なのは、楽しむことです。それも、ふたり一緒に!


暇つぶしの箱 おとうさんは整理整頓が好きです。あなたの郵便物の仕分けをいつも手伝い、雑誌をタイトルと日づけの順に念入りに積み重ねています。こうした作業は、注意をそらすのにうってつけですが、さらに推し進めて、〝暇つぶしの箱〟を作ってみましょう。

さまざまなボール箱や靴箱に、おとうさんが興味を持って分類したり、仕分けしたり、数えたりできる品物を集めましょう。ある箱には、ねじ、釘、座金など、こまごました金物類を、べつの箱には、風変わりなボタンのコレクションを、といった具合に。ほかに効果的なのは、はぎれ生地、クッキーの抜き型、古い葉書き、古い宝石類などです。

暇つぶしの箱は手近に置いておき、おとうさんが落ち着きを失ったら、これを利用して注意をそらしてください。「おとうさん、できれば手を貸してほしいの。この箱が見つかったんだけど、ほら、めちゃめちゃでしょう。だけどいまは、片づける余裕がないのよ。ちょっと手伝ってもらえないかしら? がらくたのなかに面白いものが混じっているかもしれないし」

大切なのは、暇つぶしの箱をまじめに扱うことです。また、注意をそらすために箱を作った事実を知られないようにすること。〝手伝って〟もらったら、きちんと時間をとって成果を褒め、手間をかけてくれたお礼を言ってください。


ジグソーパズル 奥さんは何年か前まで、完成に数日かかる一〇〇〇ピースパズルの達人でしたが、いまではわずか五〇ピースのパズルにも苦労します。数ピースだけのジグソーパズルを買い与えたいのですが、ほとんどはデザインが子供向けで、奥さんには幼稚すぎるように思えます。ならば、自分でパズルを作ってみてはどうでしょう。ピースの数は奥さんの能力に応じて決めます。五個から一〇個の大きめのピースから始めてもいいでしょう。奥さんがストレスを感じずに完成できるなら、どんな数でもかまいません。


〈パズルの作りかた〉

材料—フォームコア(薄い発砲スチロールを二枚の厚紙で挟んで作ったボード)、スプレーのり、アートナイフ。カレンダーの写真、雑誌の全面写真、家族写真をレターサイズ(二一五・九×二七九・四ミリ)にカラーコピーしたものなど。

まずは、奥さんに写真を選ばせます。その裏にスプレーのりを吹きつけ、写真と同サイズに切ったフォームコアに貼りつけます。これを数分間乾かしてから、アートナイフで一〇ピース程度に切り分けます。複雑な輪郭やでこぼこを作る必要はありません。単純なカーブだけで、じゅうぶんです。


絵画 あるとき、治療の一環としておとうさんに絵を描かせてはどうかと勧められました。はあ? おとうさんに? 芸術家なんて変人の集団だと考えている人なのに? けれども、何か楽しみは必要だし、おとうさんは手作業が好きだから、だめもとで試してみてはどうでしょう?

新たな活動を勧めるときはいつもそうですが、あなたも参加してください。芸術活動ははじめてなので、ともに新たな冒険に踏み出すことになります。

試行錯誤を重ねるため、〝本格的〟な創作に使う高価なキャンバスや水彩用紙は必要ありません。

代わりに、地元の額縁店で売れ残りのマット台紙やフォームコアを分けてもらうか、雑貨店でボール紙を買いましょう。そして建築用品店または模型専門店で、幅一センチから八センチくらいまでのスポンジはけを取りそろえます。最後に、水性のポスターカラーを数個手に入れます。

テーブルを新聞紙、肉を包む紙、掛け布などで覆って保護します。そこにポスター用紙かマット台紙を一枚広げ、ふたりでひとつの絵を描けるようにします。何より大切なのは、本格的な作品を目指さないこと! 細部に気を遣わなくてすむよう幅広のブラシを使い、抽象画でもよしとすることです。楽しむことが目的であって、レンブラントの名画もどきを目指しても意味はありません。この活動の醍醐味は、ふたり一緒に創作と試行錯誤を行なう、その過程なのです。本物の芸術作品は生み出せなくても、本物の楽しみは得られます。

台紙に水をかけて湿らせると水彩画の効果が得られ、色が混ざりやすくなります。はけを明るい色のポスターカラーに浸してから、台紙一面に手を動かしましょう。おとうさんにも、はけをべつの色に浸して、台紙いっぱいに滑らせるよう勧めます。これを何度か繰り返せば、たちまち、泥色のめちゃめちゃな絵か、興味深い〝抽象〟画のできあがりです。

「なかなかの出来じゃないの! この色と形を見て。わたしたちにこれほど芸術的才能があるなんて、びっくり。さあ、もう一枚描きましょう。それとも、ひとりで描きたい?」何度か共同で創作活動を行なえば、ひとりでもやれる自信がつくはずです。


スクラップブック バーニスおばさんは大の動物好きなので、自然雑誌やペット雑誌から切り抜いた写真を集めては、あなたの保管するスクラップブックに貼っています。ときにはあなたも、一緒に新しい写真を探しましょう。たとえば、こんなふうに。「おばさん、動物の本を作りたいと言ってたでしょう。よかったら手伝わせてもらえない?」

バーニスおばさんは写真を並べるのが好きです。その手助けをして、各ページに、動物の種、原産地、色、大きさなど一定の分類項目を書きとめましょう。分類する写真が多岐にわたるよう気を配ってください。あなたがまじめに取り組めば、バーニスおばさんもこのプロジェクトに夢中になるはずです。


友人のレイはスポーツカーに惚れこんでいて、ガレージには、何年もかけて集めた自動車雑誌の山がぎっしり。とくにお気に入りの記事をスクラップするよう勧めたところ、自動車デザインの写真をためつすがめつ眺めて楽しく過ごすようになりました。

スクラップブック用の写真の対象は、赤ちゃんでも、家具でも、花でも、レシピでも、なんでもかまいません。


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読み PART6じりつこころをはぐくむ
作成者 openknow84
作成日時 2008年10月14日 15:56:59
最終更新者 openknow84
最終更新日時 2008年10月14日 15:56:59
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