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Part 7 家族の心の健康 [印刷用 タイトルあり] [タイトルなし]

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書籍名 アルツハイマーガイドブック
見出し Part 7 家族の心の健康

内容

  1. Part 7 家族の心の健康
    1. 111. 前向きな姿勢
    2. 112. 愛情
    3. 113. 尊厳
    4. 114. 共感
    5. 115. 笑い
    6. 116. ユーモア
    7. 117. 赦し
    8. 118. 家族
    9. 119. 家庭での支援
    10. 120. カウンセリング
    11. 121. 息抜き
    12. 122. 共同ケア
    13. 123. ストレス
    14. 124. 罪悪感
    15. 126. 転居
    16. 127. 死と臨終

Part 7 家族の心の健康

本人と理解しあい、まわりと助けあいましょう

111. 前向きな姿勢

あなたは本書を読み進めるうちに、最大のテーマは、前向きな姿勢を保つことだとわかってきたはずです。いつも前向きでいるのはたやすくありませんが、日々の状況に快活に取り組めば、おばあさんもたいてい好意的な反応を示します。あなたの気分や行動が、相手に影響を与えるのです。また、相手の記憶や考えかたの変化に気づくことも大切です。おばあさんは現実とはちがう世界にいることが多く、楽しかった子ども時代に記憶が退行しています。その現実に合わせてあげれば、ずっと協力的になってくれます。

アルツハイマー病は、おばあさんの性格を変えます。したがって、病気にかかる前には考えられなかった言動を示すことが多くなります。感情を抑えられないので、いままで以上に、あなたの理解と助けを必要とするでしょう。ときには、あなた自身の感情を抑えるのに苦労するかもしれませんが、おばあさんの言動はあなたの気分に左右される、という事実を忘れないでください。

怒りを爆発させそうなときには、深呼吸をして気持ちを落ちつけてください。ひどい事態に直面して、どうしても我慢できなくなったら、べつの部屋へ行くか、しばらく外出します。何が起ころうと、自分にこう言い聞かせましょう――おばあさんが行動をコントロールできないのはアルツハイマーのせいだ、でも、こちらの心持ちしだいでおばあさんの行動も変わるはずだ、と。

そのときどきで何がいちばん重要かを、すばやく判断しましょう。多くの場合、あなた自身の判断を脇へやって、おばあさんの視点からの要求に力を注ぐはめになります。相手がひどく動揺していても、こちらが冷静に対応すれば、気持ちを落ちつけてくれるはずです。最初は、心のうちとは逆の反応を無理やり示す必要があるでしょう。おばあさんのひどい言動を受け入れることがむずかしいからです。おばあさんの興奮がおさまったら、何かに注意をそらして、もとの精神状態にもどしてあげましょう。

やがて、あなたの心の持ちようが変わり、日々の小さな喜びを分かちあうことに重点を置くようになるでしょう。というのも、ユーモアと前向きな姿勢は、多くの障害を乗り越えさせてくれるからです。ただし、ユーモアを発揮する対象は、相手がおもしろいと感じるものにかぎりましょう。おばあさんはときどき、微笑ましい失態や失言を犯すかもしれませんが、その場合は、笑いたい気持ちをぐっとこらえてください。

毎日を陽気なあいさつで始めましょう。「おはよう、おばあちゃん。おはよう、おばあちゃん……(「ハッピーバースデー」の歌の旋律で)。きょうは、いい一日になるはずよ! さあ、おいしい朝ごはんを食べましょう。なんたって朝ごはんは、いちばん大切ですからね。うちのおばあちゃんがいつもそう言ってたから、まちがいないはず……あら、やだ、そのおばあちゃんに話してるんじゃないの!」

一日じゅう励ましのことばをかけて、相手の気持ちを盛り上げましょう。次のようなことばは、大きな励ましになります。

「そんなふうに思ってくれて、嬉しいな」

「一緒にできて、すごくよかった。ひとりでやるより、うんとうまくいくから」

「一緒に暮らせるなんて、わたしたち、幸せよね?」

ときには、あなた自身も休ませましょう。ショートステイなどのサービスを利用するとか、家族や友人の協力を得るとかして、ひと休みする時間を設けるのです。

そして何よりも、ユーモアのセンスを保つよう心がけましょう。精神をしっかり保つための支えはユーモアだけ、という場合もありますので。

他人の態度に傷つけられることも多いでしょうが、あなたはおばあさんを守らなくてはいけません。公の場でときおり無遠慮に見つめられても、気にしないようにしましょう。外の世界と談判する必要が生じたら、おばあさんの代弁者になってください。見くだしたような、自尊心を傷つけるような言動を他人から示されたときは、本人に代わって抗議するのです。

112. 愛情

近ごろ、いとこのアルの会話能力がずいぶん衰えたので、ことばを用いないコミュニケーションにますます頼るようになりました。そうするうちに、軽く抱きしめる、手を握りしめるなどの愛情豊かなしぐさを示せば、アルの気持ちが穏やかになること、こちらの働きかけに対する反応もよくなることがわかってきます。あなたは一日に幾度となく、体に軽く触れたり抱きしめたりするようになりますが、その場合に忘れてはならないのは、たびたび許可を取ることです。たとえば「アル、ちょっと抱きしめてもらえる?」と訊ねましょう。きっと彼は満面の笑みを浮かべ、背筋をすっと伸ばして、両腕で体を包んでくれるはずです。つかのま、あなたは六歳の子どもになり、アルのほうも年上の頼れるいとこ、つらいことからいつも守ってくれた存在にもどります。あなたもアルも、はっきりとそう感じるはずです。あとで、「ありがとう、こうして抱きしめてもらうと、いつもすごく心が落ちつくのよ」とお礼を言ってもいいし、「お返しに背中をマッサージしましょうか」と聞いてみるのもいいでしょう。

このようにひとつひとつ許可を取ることで、アルは選択の余地を与えられて、自分でまだ生活をコントロールできるという実感を抱けます。そして、さらに思いやり深く協力的になって、あなたを驚かせるかもしれません。

113. 尊厳

おかあさんは、自尊心と尊厳を保つための守護役をあなたに求めています。それも混乱状態がひどくなればなるほど、切実に。あなたは、いままで思ってもみなかったやりかたで、おかあさんの代弁者になるのです。物怖じせずにできるようになるまで、しばらく時間がかかるかもしれません。けれども、ほかの人が子どもに対するような話しかたをやめないときや、おかあさんのことを目の前にいないかのように話すときは、相手をさえぎる必要があります。おかあさんは、ことばでは感謝を示せないかもしれませんが、その気持ちはきっと態度に現れるはずです。

たとえば、お気に入りのレストランで食事中、おかあさんが突然、奇妙な表情を浮かべて気もそぞろになりました。料理が気に入らないのかと思って訊ねたところ、すごくおいしいとかなんとか、もごもごと答えるので、料理が原因ではありません。ならばトイレに行きたいのかと訊ねても、首を振るばかり。見れば、おかあさんの口の端から、ティーバッグのタグがのぞいています。この場合、テーブル越しに手を伸ばし、そっとティーバッグをナプキンの上に出させてください。おかあさんがすでに袋を嚙み切って、口のなかを紅茶の葉だらけにしていたら、こんなふうに言います。「それはあんまりおいしくないでしょう? ほら、このナプキンに全部吐き出して、口をすすぐといいわ」

近くのテーブルの人が気づいて目をみはるかもしれませんが、気にせずに水のコップへ茶葉を吐き出させて、ウェイターに水を新しく頼んでください。こんな経験ははじめてなので、あなたはちょっとどきどきしますが、いたって当たり前というふりをすれば、おかあさんの尊厳を保て、気持ちを傷つけずにすみます。口をすすいだあと、おかあさんはこの件をたちまち忘れてしまい、食事を続けることでしょう。

外食は、特別な機会です。おかあさんはいまも、外へ食事に行くことを楽しみにしています。ティーバッグの件でその機会を奪うつもりはありませんが、あなたはもう、同じような恥ずかしい思いをしたくありません。次回レストランに出かけるときは、食べ物とまちがうのを防ぐために、飲み物の注文はあと回しにしたほうがいいでしょう。

ウェイターに特別な盛りつけを頼むのもひとつの方法です。フォークを使う食べ物だけ、あるいは手で食べる物だけというふうに、同じ食べかたの料理にかぎって皿に盛るほうが、おかあさんは混乱しなくてすみます。

ときおり、おかあさんの尊厳を保つのはひどく大変なこともありますが、ゆったりした前向きな気持ちで対処すれば、なんとか切り抜けられるはずです。恥ずかしい思いをしたからと言って、死にはしないのですから。

114. 共感

エルシーおばさんの目でものごとを見て共感できるようになれば、問題が起きたとき、より効果的に対応できます。いかにあなたの現実とちがっていようと、相手にとっての現実を受け入れるようにしましょう。おばさんの境遇に身を置いたら、どんなふうに感じるのでしょうか。

たとえば認知症について。あなたは車の鍵を必死に探しているのに、どこに置いたのかちっとも思い出せません。ようやく探しあてたものの、今度はなぜそれを探していたのか、あるいはそれが何であるかすら、ちっとも見当がつかないのです。

毎日毎日、こんな混乱を体験するのは、どんな感じでしょう。自分では、以前とどこか変わったという認識はありません。あなた自身は正常だけれども、まわりの世界がおかしくなったと思っています。見覚えのある人に窮状を訴えようとしますが、ことばが出てきません。あなたは気が変になったと思い、パニックを起こします。すると、その見覚えのある人が、優しい目をしてこう言ってくれます。「抱いてもいい、おばさん?」

その人の腕に包まれているうちに、穏やかさが満ちてきて、気がつけば笑っています。どうやら、気が変になったわけではないみたいです。やがて、見覚えのある人がだれなのか、わかってきました。あなたの姪です!

ところが、ほかの人からは、奇妙な対応をされはじめています。犬に対するように頭をなでられたり、赤ちゃんことばで話しかけられたり。人々に無視されることが増え、それどころか、目の前にいるのに平気であなたについてでたらめを話される始末。あなたの感受性はなんら変わっていません。いまだ喜びや苦しみ、憧れや愛情を感じているのです。みんなは、それがわからないのでしょうか?

コミュニケーション能力が失われると、おばさんは、ことばも習慣もわからない外国に連れてこられた気がします。助けが欲しいのに、どんなに懸命に訴えても、だれもわかってくれません。

このように、おばさんの目で世界を見て、あなたにもその気持ちがわかってきました。おかげで介護もずいぶん楽になりましたが、それでも、思わぬ反応を示されることがあります。ある日、おばさんが急に泣き崩れたので、びっくりしました。理由に心当たりがありません。訊ねてみると、哀れっぽい声で「みんな、わたしを置いていった」と答えます。「だれが置いていったの、その人たちはどこへ行ったの、エルシーおばさん?」と重ねて訊くと、「葬式よ。おねえさんも待ってくれたっていいのに。どうして、こんなひどいことをするのかしら」。

あなたはおばさんを慰めながら、家族の歴史をたどって、こうした感情的な反応を引き起こしそうな事件がなかったか考えます。すると思い当たりました! おばさんは昔、大好きなおばあさんの葬式のあいだ、家にひとり残されていたのです。あなたは、この悲嘆に暮れた一〇歳の女の子を、なんとかなだめてあげなくてはなりません。たとえば、こんなふうに。「連れていってくれなかったのは、ひどいよね、エルシー。わたしも置いていかれたの。おばあちゃんのために、一緒にろうそくを灯そうよ」

おばさんの〝世界にはいりこんで〟いけば、その気持ちがよくわかって、さまざまな状況にうまく対処できるはずです。

115. 笑い

いとこのエミリーと一緒にいると思わず笑ってしまうことも多々ありますが、いとこが気恥ずかしく思うようになっては困ります。大切なのはエミリーとともに笑うことであって、けっして本人を笑い者にしてはいけません。また、自分の言動に笑えるところがないか探してみましょう。笑えばストレスが緩和できるし、エミリーも、みっともない失敗をあなたが深刻に受け止めていないことを知って、気持ちが楽になります。

チョコレートを食べる、運動をする、軽く抱く、そして笑うことは、体内のエンドルフィンの量を増やし、免疫システムを強めるので、強力な癒し効果をもたらします。混乱がいっそう増していく状況でも、明るい気持ちとユーモアで日常生活のあとおしをしてもらえれば、エミリーはいまよりずっと晴れやかに過ごせるはずです。

エミリーはこのごろ物忘れがひどいのですが、あなたも物忘れをすると知ればおもしろがるかもしれません。あなた自身の言動を笑える機会があったら、エミリーにこんなふうに話してみましょう。「信じられない話なんだけどね、エミリー。けさ、どこに眼鏡を置いたか思い出せなかったの。家じゅう探しまわったわよ。ベッドの下までのぞいて。で、どこにあったかわかる? 頭のてっぺんよ! ずっとそこにあったのに、わたしったら、鏡の前を通って偶然自分の姿を見るまで気づかなかったの。われながら、笑っちゃったわ!」

このように、いちばん望ましいのは、あなた自身の経験を笑うことです。過去を振り返って笑い話を探しましょう。エミリーが心からおもしろがって大喜びした話は日誌につけて、たびたび持ち出してください。「この話、前にもしたかしら……」

また、ユーモア本やビデオを集めるのもいいでしょう。とはいえ、言うは易く行なうは難し。残念ながら、現代のおとなのユーモアには悪意が含まれがちです。図書館、とくに児童書コーナーを探せば、適当なユーモア本が見つかるかもしれません。また、古い映画やコメディ番組のビデオを探すのもいいでしょう。

116. ユーモア

ユーモアは、日常生活でぶち当たる障害の多くを乗り越えさせてくれます。たとえば、友人のフランはことばが少し不自由なものの、抜群のユーモアセンスの持ち主です。ときどき理解しづらいこともありますが、彼女のジョークや愉快なせりふにあなたは必ず反応を示していますし、彼女のほうもあなたのジョークにちゃんと反応してくれます。微妙な表現だと、たまに理解してもらえないことがあるので、面白い話をするときは、基本に忠実にはっきりと話すよう心がけます。一緒に楽しく笑えば親しみがいっそう増し、ふたりにとってつらい状況も耐えやすくなります。ただし、相手の尊厳を損なってはいけません。彼女に関して笑うのではなく、彼女と一緒に笑うのだ、ということを肝に銘じてください。

大げさな話をしてもいいし、ばかな話や、自己卑下をしてもかまいません。真実であれ、想像上のものであれ、自分の失敗について面白おかしく話すのもいいでしょう。相手は、あなたも同じようにばかなまちがいを犯すと知って、ほっとするはずです。また、とんでもない選択肢を並べて(もちろん、まじめくさった顔で)、相手を吹き出させてもいいでしょう。たとえばアイスクリーム屋で、こんな突飛な選択肢を示すのです。「どの味にする? チョコレート、それともサラミ?」

このジョークは、一日の行動を計画するときにも使えます。たとえば、こんなふうに。

「きょうは、ふたつの選択肢があるのよ。どっちをやりたいか教えてね。一日じゅう家の椅子に座ってぼうっと宙を見つめてなんとなく過ごす? それとも、繁華街に新しくできた本屋に楽しく出かけて、そのあとカフェでカプチーノを飲む? すぐに決めるのはむずかしいかな。もう少し考える時間がいる?」

いるわけないじゃない!

「じゃあ、出かけましょうか。でも、道は何も悪いことしてないから、殴るのはかわいそうね。というか、殴ったら痛いのは道じゃなくわたしたちのほうだから、車で上を通るだけにしておきましょう」

「わがことのように嬉しいわ……ところで、わがことって、わが子のことじゃないわよね?」

「いま考えてるところよ。ほら、頭の回転の音が聞こえるでしょう? すごい音! あら、やだ、芝刈り機の音じゃない。失礼、失礼」

「さあ、シートベルトもしっかり締めたし、出かけましょう。あれっ、鍵はどこかしら。知ってた? 車を運転するには鍵がいるのよ」

フランにチョコレートを差し出しつつ、これがいかに健康にいいか、まじめくさって説明します。「チョコレートをどうぞ。チョコレートが体内のエンドルフィン分泌量を上げるという話はしたかしら。エンドルフィンは免疫システムに大きく作用して、健康を保ってくれるそうよ。これからはチョコレートを薬だと思ってね。だけど、薬をおいしく味わう人なんていないはず。だから、おいしいと思っちゃだめよ?」

117. 赦し

介護をしていると、おりに触れて神経を逆なでされ、長年埋もれていた感情を呼び起こされます。そして、憤りや苛立ちを覚えやすくなります。このようにストレスのたまった感情的な状況に対処するには、〝赦すこと〟がきわめて大切です。とはいえ、言うは易く行なうは難し。まずは、あなた自身を赦し、怒りは介護につきものだと認めましょう。

たとえば、このところ、妹が苦痛の種になってきました。あなたがおかあさんと暮らしはじめて以来、妹はあなたの決定や行動のことごとくを批判します。自分の目で状況を確かめもしないくせに、あなたの判断が正しいはずはないと決めつけているのです。そんな反感をぶつけられるのは、もううんざり。土曜日の朝、電話が鳴ると、あなたの胃は重くなって、怒りがこみ上げます。妹からの、週一の電話だからです。

これまでおかあさんの介護を一手に引き受けてきたのですから、この種のいやがらせを甘んじて受ける必要はありません。とはいえ、反撃するのもためらいがあります。相手は自分の妹で、本来は愛情を抱きあうべき人だからです。けれども、その態度に傷ついていることをいくら説明しても、妹は聞き入れてくれません。相変わらずあなたを怒らせ、惨めな気持ちにさせます。こうなったらもう腹をくくって「今後はもう敵意に満ちた電話をかけてこないで」と告げるしかありません。手紙を書いて、最後通牒を突きつけましょう――「前向きな電話か、いっさい電話なしか、どちらかよ」と。そして、代わりにおかあさんの介護を引き受けてみれば、いままでの発言がいかに心ないものだったかわかるはずだ、とたたみかけるのです。

あなた自身が怒りや敵意を抱いたときは、一〇分から一五分ほどその感情に身を任せ、あとはすっぱり吹っ切って、人間だからこういうこともあるのだと自分を赦しましょう。いつまでも怒りを引きずるようなら、カウンセラーかセラピストに相談してください。

たとえば、あなたは子ども時代におとうさんに抱いたわだかまりをいまだにぬぐい去れず、ともすれば怒りと心の痛みを覚えてしまいます。認知症を生じたため一緒に暮らしはじめたおとうさんは、そうした遠い昔のできごとをまったく覚えていません。あなたのほうは、いかに努力しようと、ときおり怒りがこみ上げてきて、おとうさんと暮らすのがつらくなります。赦しは大切だと言われても、認知症のせいで過去のできごとについておとうさんと話をすることができない状況です。

きちんと話して過ちを認めさせないかぎり、あなたはおとうさんを赦せません。年を取った加害者が認知症を生じた場合、昔の過ちにどうけりをつければいいのでしょう。いまからでも事実を突きつけて非難すれば、あなたの痛みは和らぐでしょうが、おとうさんはひどく動揺して症状が悪化し、激しいうつ状態に陥るか、怒りや興奮をあらわにし、おかげで一緒に暮らすことがいっそうつらくなります。それでも、やってみますか? 代わりに、おとうさんはもはやちがう人間になったと考えて、いまの姿を受け入れてはどうでしょう。そして、かつてのおとうさんに怒りや憎しみを覚えた自分を赦すのです。

ただし、虐待、性的ないたずら、暴力など、怒って当然の場合もあります。記憶が本物だと確信できて、おとうさんの行ないが赦せない性質のものなら、怒ったことに罪悪感を覚える必要はありません。カウンセラーの助けを借りて、過去に折り合いをつけましょう。たとえ当のおとうさんが何もわかっていないとしても、あなたは心の痛みから解放され、前進する必要があります。

118. 家族

アルツハイマー患者の介護は家族全体で行なうべきものですが、たいていはひとりに負担が集中しがちです。それがあなたなら、きょうだいに負担の軽減を求めましょう。幸いにも近くに住んでいれば、責任や面会や散歩を分担してくれるかもしれません。そのさい、全員が日常ベースでかかわることが大切です。同じ体験をしないかぎり、あなたがどれほど大変か、わかってくれません。

きょうだいが遠方に住んでいて、おとうさんが遠くへ移動できないときは、彼らを自宅に呼び寄せて介護をしてもらいましょう。そのさい、あなたはどこかへ出かけて、休息をしっかり取るようにしてください。そばにいるかぎり、責任を負いつづけることになります。

わずか数日では、あなたの日常生活の大変さをとうてい味わってもらえませんが、ほかの家族とおとうさんの絆を深めるという意味では、価値があります。とはいえ、あなたの立場が理解されるわけではありません。助けや支えや気配りを欲しがって当然なことを、はっきりわからせる必要があります。おとうさんの介護は家族全体の責務ですから、きょうだいも参加するよう強く求めましょう。

あなたは親族の大きな集まりを催すことにしました。おとうさんが病気になってから、はじめての集まりです。遠方から来る家族は、しばらくおとうさんに会っていません。あなたはあらかじめ全員に電話をかけて、いまの病状を詳しく説明し、おとうさんに話しかけるさいの注意事項も念入りに伝えます。「ねえ、覚えている?」と訊くのは避けてほしい、といった具合に。とくに、赤ちゃんことばを使うことと、当人に聞こえる場所でおとうさんの話をすることはかたく禁じます。

で、どうなったかと言うと……。家族が到着したあと、おとうさんは愛想がよくなり、少なくともしばらくはまったく正常に見えます。どういうわけか本能的に、精神の混乱を悟られないよう、おとなしくしていたほうがいいと感じているのです。大きらいな「覚えている?」という質問にすら、当たりさわりのない「そいつはすごい!」という答を返しています。

あなたは心配になってきます。おとうさんの病状をひどく誇張していたと思われないか、と。そこで弟に、きょうのおとうさんの言動はいつもとちがうと話しますが、表情から弟が疑っているのは一目瞭然です。

集まりのあいだじゅう、おとうさんは楽しく過ごし、非の打ちどころなくふるまいます。おかげで家族には、あなたが日常の介護で直面するさまざまな問題に気づいてもらえません。けれども、この状況を逆手に取ることができます。おとうさんの症状が実際より軽く見られているうちに、家族に、少し息抜きをしたいので介護をしばらく引き受けてくれないかと頼みましょう。約束を取りつけるさいは、うやむやにされないためにも、おとうさんを訪問させる具体的な日にちをきちんと決めてください。

119. 家庭での支援

あなたはそろそろ、おとうさんの介護に助けが必要だと感じています。いままでは、なんでも自分ひとりでやってきました。掃除、料理、自分やおとうさんの身のまわりのこと……。けれども、日常の家事でエネルギーを消耗してしまい、ふたりで楽しんだり刺激を得たりする時間やエネルギーがほとんど残っていません。こういう場合、家庭での支援策には、いくつかの選択肢があります。


家族 まずはきょうだいか、ほかの親族に相談してください。彼らが遠方に住んでいるなら、おとうさんの世話のために一度に数日から一週間ほど来てくれるよう頼みましょう。おとうさんがまだ長距離を移動できるなら、気分転換を兼ねて、相手の家を訪問するのもひとつの方法です。とにかく、全員参加が基本であることをはっきり示しましょう。おとうさんの介護は、みんなで引き受けるべき務めなのです。

親族が近くに住んでいるなら、最低でも週に一日はあなたが息抜きできるよう取り計らいましょう。せめて家の掃除や食事の支度くらいは、頻繁に引き受けてもらうべきです。そうすれば、空いた時間で、おとうさんをもっと楽しませられます。


ハウスキーパー お金に余裕があるなら、常勤のハウスキーパーに家事全般を手伝ってもらえますし、それが無理なら、パートタイムで週に一度か二度、洗濯や床掃除をしてもらいましょう。雇った人はおとうさんとなんらかの接触を持つはずですから、円滑なコミュニケーションのためにも、本書のアドバイスを教えておいてください。


ケアワーカー おとうさんの体の動きに問題がある場合、毎日あるいは週に二、三回、入浴やひげ剃りなど介助を必要とする作業をケアワーカーに手伝ってもらえます。地元の高齢化対策機関に、資格のある団体や個人を照会してください。だれかを雇うさいは、技能や資格をきちんと確認しましょう。


話し相手 あなたがフルタイムで働いていて、しかもデイケアを受けられない場合、おとうさんの話し相手を雇うのもひとつの方法です。自宅で読書や会話やゲームを一緒に行なって、知的な刺激を与えてもらうのです。また、ピクニックに連れ出したり、図書館や博物館などおとうさんの楽しめる場所につきそったりもしてくれます。この仕事に興味のある学生はいないか、近くの大学に照会してみましょう。

当然ながら、何より大切なのは、おとうさんがその人と気が合って、一緒にいて楽しいことです。また、応募者の経歴書をチェックすると同時に、その人がアルツハイマー患者の介護に関する新しい考えや取り組みを受け入れるかどうか確かめましょう。候補者がおとうさんと接するようすを、観察してください。敬意を持って接しているか、一緒にいて楽しそうか、などなど。そして正式に雇う前に、二、三回(あなたの監督下で)試用し、本書に示されたアドバイスを実践してみせて、おとうさんの扱いかたを理解させましょう。

120. カウンセリング

たいていの人にとって、介護はつらいものです。苛立ちが募って、もうこれ以上我慢できないと思うこともあるでしょう。そういう場合は、同時に罪悪感も覚えることが多く、いっそう心に負担がかかります。

家族に、あるいはサポートグループの人々に、できるかぎり気持ちをぶちまけるようにしましょう。とはいえ、大勢に心のうちをさらけ出すのがむずかしいときもあります。そういう場合は、専門家のカウンセリングを受けてください。カウンセリングを受けるからといって、頭がおかしくなったわけではありません。ただ感情を抑えこみすぎただけですから、それを解放し、問題と向きあって解決策を探る手助けをしてもらうのです。セラピストはいちばんの味方になってくれるはずです。

カウンセラーにしても、セラピストにしても、安心して怒りや憤りをぶちまけられる場所を提供してくれます。お勧めのカウンセラーを友人に訊ねるか、それがいやなら、かかりつけの医師に紹介してもらいましょう。また、地元の病院には、介護者向けのサポートグループがあるかもしれません。

おとうさんと暮らしはじめてから、あなたは感情を抑えるすべを身につけ、じつに辛抱強くなりました。相手も協力的なおかげで、たいていは問題なく過ごせていますが、ひとつ大きな代償を払っています。すべてがおとうさんを――その欲求が満たされ、快適に過ごせることを――中心に回って、あなた自身の感情は抑えつけられるか、ないがしろにされているのです。けれども、おとうさんなりに努力していることもわかるので、自分も癒されたいと思うのは悪いことのように感じられます。

こうした感情を抱くのは自然ですし、最も健全な対処法は助けを求めることです。カウンセリングを受けるべきか迷っているなら、これはおとうさんのためにもなるのだと、自分に言い聞かせましょう。あなたの感情や行動は、相手に影響を与えます。こちらの機嫌がよければ、おとうさんは穏やかで協力的になりますが、こちらの心が乱れていると、混乱が増して気むずかしくなります。あなたの気持ちを晴らせる場所があれば、互いに暮らしやすくなるのです。

121. 息抜き

アルツハイマー患者の介護は、負担を分かちあうべき務めです。あなたには家族に協力を求める権利があります。長めの週末にきょうだいほかの親族に来てもらうか、しばらく彼らの家におかあさんを預けるかして、ときおり休息を取りましょう。

あなたは当然の息抜きができますし、ほかの人たちは介護を体験して、おかあさんの状況を自分の目で確かめることができます。

あなたとおかあさんの関係は、日増しによくなっています。ひとりきりの空間を設けたおかげで、おかあさんはそこで楽しく過ごし、あなたも少しは自分の時間が取れるようになりました。また、相手のことばがちゃんと出てこないときでも、かなりうまくコミュニケーションが取れるようになりました。ひとりで動きまわれるよう、家じゅうに目じるしを貼ってもいます。万事順調のようですが、いまもときおり、袋のねずみになった気がして、そんなふうに感じる自分がうしろめたく、恥ずかしくなります。そういうときこそ、息抜きです!あなたは、おかあさんの介護を一手に引き受けているうえに、フルタイムの仕事に就いています。この場合、プライベートな時間はほとんどないはずです。利用できるサポートはすべて利用しましょう。たいていの町には、アルツハイマー協会が主催するサポートグループの集まりがありますし、地方自治体の高齢化対策部門は、あなたとおかあさんがともに休息を取れるプログラムを教えてくれます。

運がよければ、住んでいる町に高齢者のデイケアセンターがあって、おかあさんを週に数回、一回あたり数時間預かってもらえます。また、地元のアルツハイマー協会や高齢者センターに頼んで、べつの一、二家族と連絡を取り、共同ケアグループを設けましょう。こうしたグループでどこかへ出かければ、介護者ひとりひとりの負担が減って、くつろいで楽しく過ごせます。また、グループの高齢者全員の介護を、一日ずつ交替で引き受けてもいいでしょう。

一度にふたり以上の高齢者を介護するのは大変ですが、やってみる価値はじゅうぶんあります。あなたの休む番になったとき、おかあさんが愛情あふれる安全な環境で、よく知った人に介護されていることがわかっているので、思いきり楽しめるはずです。

共同ケアグループなら、交替で夜に息抜きをすることもできます。友人と夕食を取ったり、劇場や映画館に行ったり、マッサージを受けたりというふうに、定期的に夜の外出を楽しむ権利は、だれにでもあるのです。

リフレッシュして元気を取りもどしたら、介護にも新たなやる気が湧いてきます。そうした前向きな気持ちは、おかあさんの機嫌や行動にも反映されるはずです。

122. 共同ケア

あなたとおかさんは日常生活からも、お互いからも離れて、休息を取る必要があります。近所に親族が住んでいたら、手を貸してもらいましょう。本書の「息抜き」および「デイケア」の項を参照してください。ほかに考えられる選択肢は、〝共同ケア〟と呼ばれる新しい概念です。これはデイケアや高齢者センターの合理的な代案で、費用はほとんどかからず、映画代や食事代といった程度ですみます。

共同ケアの主眼は、アルツハイマー患者のグループや高齢者センターで知りあったほかの介護者とつながりを持つことです。二、三人の介護者、および各人が介護するアルツハイマー患者とで、小さなグループを作って定期的に集まるのです。互いの家でゆったり昼食を取ったり、一緒に映画に行ったり、夕食に出かけたり。そうすれば、あなたも、介護されるアルツハイマー患者も、社交の場を広げることができます。何よりも大切なのは、信頼できる介護者ネットワークを作る絶好の機会だということ。こうしたネットワークがあれば、緊急事態が生じたときや、午後だけ少し息抜きがしたいと思ったとき、互いに介護を引き受けあうことができます。

ただし、忘れてはならない鉄則がひとつあります。共感しあえる仲間と外出すると、つい苦悩を分かちあいたくなりますが、全員で前もって協定を結んで、外出の当日は介護の悩みに関する会話は控えるようにしてください。そういう話題は、後日、アルツハイマー患者本人に聞かれる恐れがないときに、電話で話しましょう。

123. ストレス

たとえいまはそうでなくても、あなたは近いうちに、ストレスの専門家になるでしょう。アルツハイマー患者の介護をしていると、ある程度のストレスは避けられませんが、その影響を和らげたり最小限に抑えたりする方法はいくつかあります。

おとうさんの世話にはかなりのエネルギーを要するため、あなたは気力を保ちつつ、対処法を探らなくてはなりません。また、依存の度合いが大きいせいで、おとうさんはあなたの気分やストレスに大きく影響されがちです。自分のニーズとおとうさんのニーズのバランスを取るよう心がけましょう。

時間を作って、マッサージを受けたり、友人と夜の外出を楽しんだりしましょう。あなた自身の関心ごとや趣味も追いつづけてください。おとうさんと一緒に何かをする場合は、自分も楽しめるものを選びましょう。自然の材料で彫像を作る、土を掘る、といった作業を手伝ってもらうのです。静かな音楽を聴いてリラックスしたり、ソファーに丸まって好きな本を読んだりするのもいいでしょう。犬か猫を飼っているなら、一緒に犬を散歩させるか、猫をなでて毛並みの手入れをしてください。毛に覆われた温かな生き物を抱くと、大きな癒し効果を得られます。

ヨガやストレス管理の教室にかようのもいいでしょう。また、同じ状況に置かれた人と話をすることも忘れてはいけません。

アルツハイマーのサポートグループの会合に出席したり、カウンセラーやセラピストのもとを訪れたりすれば、健全な精神を保つうえで、はかりしれない効果があります。

124. 罪悪感

おにいさんが前向きな反応を示せないせいで、正しいことをしているというあなたの確信は、疑いと罪悪感に変わってきました。

おにいさんをきちんと介護しているあなたは、友人から聖人のようだと言われています。そう言われると、たいていは嬉しく思いますが、ときどき、もっとやれることがあるような気がして、罪悪感に襲われます。あなたが与えつづけ、おにいさんが受け取りつづけているので、ふたりの関係はどんどん不均衡になっていきます。しかたがないとわかっていても、状況が厳しくなるにつれて、あなたは自分の感情や行動を疑いはじめます。人はだれしも、何かいいことをしたとき、相手から感謝のことばや意見が欲しいものなのです。

あなたは、引き受けたこの仕事が重荷になって、自分の人生を好きに歩めるほかのきょうだいや友人に妬みや憤りを感じています。おにいさんの介護と、自分の家族の世話やフルタイムの仕事を両立させているなら、もう手一杯のはずです。家族もかなり協力してくれますが、あなたとしては自分ひとりの仕事だという気持ちがあって、結果的にだれかをないがしろにしていることに引け目を感じています。

こんなとき、おにいさんを責める気持ちが生じるのは、人間として当然のことです。ときには、死んでくれたらけりがつくのに、とさえ思うかもしれません。こうした〝どす黒い〟感情を打ち明けるのは、いや、そんな感情を抱いたことを心で認めるのすら、ひどくむずかしいことです。とはいえ、だれでもときには同じ感情を抱くのですから、自分もふつうの人間なのだと割り切りましょう。

今度、おにいさんにひどく腹を立てたときは、まず深呼吸をして、おにいさんに何か気晴らしを与えてから、どこか落ち着ける場所で思いきり泣きましょう。あるいは、自分を抱きしめて、近いうちに必ず息抜きを取ろうと心に決めましょう。そして翌日の夜、おにいさんの面倒をみてくれる人を見つけ、友人と映画か食事に出かけるのです。また、定期的に息抜きができるよう、一時ケアも検討してみてください。

病状が悪化するにしたがって、自宅での介護はそろそろ無理ではないかとあなたは考えます。地元の介護施設を探しはじめますが、罪悪感と挫折感が心にずっしりのしかかります。もちろん、おにいさんにとって大切なのは最善のケアが受けられることであり、どんなに認めるのがつらかろうと、それが可能なのは介護施設です。あなたは、罪悪感を覚える必要などない、と理性で自分に言い聞かせます。なんと言っても、長年〝わが家〟を提供してきたのだし、介護施設にはいったあとも、そばについているわけだから、と。

そんなふうに感じたり考えたりするのは、おかしいことではありません。口に出すのはつらいでしょうが、アルツハイマーのサポートグループで、同じような感情や思いを分かちあってください。負の感情のなかでも程度の弱いものから選んで、最後には、ぞっとするような感情も打ち明けるのです。グループのだれもが、似たような問題で同じ罪悪感を抱えています。

まだ話題にのぼっていなかったのなら、みんなは、こうしてようやく持ち出されたことでほっとするでしょう。あなたはひどく大変な仕事を引き受けているのですから、どろどろした考えや疑いを抱くのは、人間として当然です。わたしたちの文化では負の思いはよくないと考えられがちで、小さいころから、そうした思いを表に出すと叱られてきました。ですから、負の思いを抱くたびに、無意識のうちに、罪悪感を覚えてしまうのです。

どうしても罪悪感をぬぐえない場合、あるいは、負の感情をたびたび抱きすぎて気が滅入ったり介護に支障をきたしたりする場合は、親族のだれかにしばらく介護を引き受けてもらいましょう。しっかり休息を取るためにも、最低二週間はあなたの家に滞在するよう約束を取りつけてください。

自分の時間を欲しがるなんてわがままだと思い、あなたはさらに罪悪感を覚えるかもしれません。けれども、息抜きを欲したからと言って、おにいさんを見捨てるわけでも、介護者として失格になったわけでもありません。

必要な休息を取ることで、あなたは自分の状況を見つめなおし、この務めがきわめて困難なこと、それでも、たいていはうまくやっていることを認識できるはずです。

おかあさんの世話をするうえで毎日難問にぶつかり、あなたは自分の介護能力を疑いはじめました。その場合、できるだけ多くの方面から支援を受けてください。何よりもまず、親族に手助けを頼みましょう。アルツハイマー患者の介護は、家族全員で分担すべき責務なのです。そのうえで、アルツハイマー協会の主催するサポートグループを探したり、息抜きケア、デイケア、共同ケアについて調べたりします。つきそいの人を雇って、負担を軽減するのもいいでしょう。また、あなた自身のカウンセリングについても調べ、感情のはけ口を確保して個人的な指針を得られるようにします。

アルツハイマー協会が地元で主催するサポートグループの会合には、欠かさず出席しましょう。たいていは、このグループが救いの神となってくれます。罪悪感や憤りや恐れなど、自分をさいなむ不快な感情について率直に語りましょう。不安や疑念をほかのメンバーと分かちあえば、安心感が得られるものです。

ただし、集まりが愚痴のこぼし合いになったら要注意。帰るころには、前向きではなく後ろ向きな気持ちが先に立ってしまうはずです。集まりが不平を漏らすだけの場になったら、サポートグループの効果は失われてしまいます。では、グループの方向を転換させるにはどうすればいいでしょう?

まず、次の会合の場でこの問題を持ち出します。むずかしいかもしれませんが、おそらく多くのメンバーに共感してもらえるはずです。受け入れてもらえそうなら、全員で、自分の感情や不安をぶちまけることと、みんなで特定の問題の前向きな解決法を探ることとのバランスをいかに取るべきか、話しあいましょう。グループのなかで本書を回し読みするのもひとつの方法です。

こうした話し合いを拒む空気が強いなら、そのグループはあなた向きではありません。アルツハイマー協会を介して、べつのサポートグループを探しましょう。たいていは、同じ地域に、いくつかのサポートグループがあります。また、高齢者センターで出会った人たちと、自力でグループを立ちあげてもいいでしょう。

126. 転居

おばあさんの認知症が進行して自宅での介護が無理になったので、あなたは申し分ない介護施設を探し出しました。けれども、あまり早くから、引越について話さないようにしましょう。話さないでいれば、よけいな不安を与えなくてすみます。

自分と暮らしはじめた当初、おばあさんがいかに精神的に参っていたかを思い出して、あなたは、今回はできるだけ不安もストレスも与えない方法で新しい環境に移そうと決心します。介護施設と打ちあわせた結果、少なくとも数週間はかけて、おばあさんを新しい住まいに溶けこませることにしました。目標は、ゆるやかな転居です。

引越予定日の二週間前になったら、その後の一週間に最低二、三回は、ふたりそろって介護施設で食事を取るようにします。施設までの道中は、いつもの外出時と同じようにおばあさんに話しかけます。「おばあちゃん、きょうは新しいところで昼食を取ろうね。そこは食事の味もいいし、すごくいい人たちがいるんだって」

帰り道では、こんなふうに言います。「ほんとうに楽しい昼食だったね。料理もおいしかったと思わない? いい人たちばかりだったし。とくに、あの青い服を着た女の人。おばあちゃんのことが、すごく気に入ったみたいよ。また行きたいんだけど、おばあちゃんはどう?」

二週めには、毎日施設にかよって、昼食と夕食を交互に取ります。帰宅してからも、〝新しいお気に入りの場所〟についてあれこれ話しましょう。その週は、施設の活動プログラムにも、何度かおばあさんを参加させます。また、いずれ同居人になる人たちと長い時間一緒に過ごすよう仕向けます。そのうえで、施設に住むのも悪くはない、という考えを持ち出してください。「おばあちゃん、もう帰る時間よ。だけど、ここでもっと長く過ごせたら、きっと楽しいと思わない?」

手を変え品を変えて、その気にさせていきます。「もう帰らなきゃいけないなんて残念ね。おばあちゃんも、もっと友だちと過ごしたいんじゃない? みんなおばあちゃんが大好きだから、お別れのときはいつも悲しそうよ。ここにおばあちゃんの部屋を用意してもらえないかな。そうなったら、すてきだと思わない? ずっと友だちの近くにいられるんだもの。そのうち頼んでみるね。幸運を祈ってて」

仕上げとして、引越の前日に、いかにも興奮したようすで言います。「おばあちゃん、すばらしいニュースがあるのよ! さっき、おばあちゃんのお気に入りの場所から電話があって、最高の部屋を押さえてくれてるって! わくわくしない? それを聞いたら、きっと祖母も大喜びしますって伝えておいたわ。部屋がほかの人のものにならないうちに、急いで話を決めたほうがいいかも。さあ、お祝いしましょう!」

引越当日は、朝のうちにおばあさんを施設に連れていき、友人と一緒に過ごさせておいて、そのあいだに、入居する部屋に持ち物をこっそり移します。写真や所持品は、本人が部屋にはいる前にしかるべく据えましょう。そして、四つ星ホテルの高級スイートルームだと言わんばかりの口調で、部屋へ案内します。「いらっしゃいませ、おばあちゃん。わあ、こんな部屋が使えるなんて、ラッキーね? いい部屋じゃないの。窓からの景色も最高だし(ただし、窓から景色が見える場合にかぎる)、ほら、ここでは写真もすごくきれいに見えるわ」

新しい部屋に並んで座り、いつもどおり何気ない会話を交わします。この部屋ですっかりくつろいでいるあなたを見れば、あとでどんな不安が芽生えても、おばあさんは乗り越えられるはずです。就寝の時刻までつきそって、翌朝は朝食を一緒に取るようにします。夜、帰るとき、おばあさんがあまりに不安そうなら、ひと晩そこで過ごしましょう。

その後数週間は、できるだけ多くの食事や活動を、おばあさんとともにします。訪問回数はしだいに減らしていき、無理のない間隔に落ち着かせます。ただし、おばあさんには、いまもこれからも、なるべく一緒に過ごしたいと思っていることを必ず伝えましょう。

こうして書き出してみると、やるべきことが山積みに見えるでしょうし、実際そのとおりなのですが、いま時間を割いておけば、のちのちのストレスを軽減できます。なんの前準備もなしに転居を決行したら、必ずやさまざまなストレスに悩まされるはずですから。

127. 死と臨終

そろそろ、おとうさんの最期の旅立ちの準備をしておいたほうがいいでしょう。ひどくつらいことなので、たいていの人はこの問題を先送りにしています。けれども、旅立ちに向けて最善の環境を整えているのだ、と考えてはどうでしょうか。サポートもいくつか受けられるし、ホスピスの制度を利用することもできます。地元の支部に詳細を訊ねるといいでしょう。

さて、おとうさんの古い友人の葬式で、大勢の弔問客が柩のまわりに集まっているところを想像してください。さらに続々と人がやってきます。おとうさんはあなたの横に立っていますが、ふいに大声で「電車はいつ来るんだろうね?」と訊ねます。たくさんの頭に振り向かれ、あなたはきまり悪くなります。

厳粛そのものの集まりだし、ほとんどの人はおとうさんの認知症のことを知りません。けれども人々が並んださまは、たしかに、通勤客が五時二四分の急行を待っているように見えます。あなたは小声で、これは駅のホームではなく、友だちのジョンの葬儀であることを説明します。おとうさんはそれを理解したようすで、弔問客が次々に訪れるのを黙って見守っていました。ところが、みんなの顔を見回したあとで「ジョンがいないのも当然だな。あいつは楽しいことが好きなのに、みんなすごく陰気だから」と言うのです。

あなたはここにいたって、おとうさんが現状をまったく把握していないこと、これ以上哀悼の場にいても意味がないことを悟り、車に連れてもどります。しかし駐車場の出口で列に並んだとき、いい機会だと考え、おとうさんの意思を確かめてみます。「さっきはすごく厳粛な葬式だったね。だけどおとうさんの口ぶりからすると、ジョンにはちがう形式のほうがよかったみたいだ。おとうさんのときは、どうだろう。どんな式がいい?」

おとうさんはにっこり笑って答えます。「陽気な音楽やうまい料理やチョコアイスをみんなが楽しんで、愉快な話をたくさんしてほしいね」

避けられないのはわかっていても、父親がやがて死ぬかと思うと、あなたはいつも気が滅入ります。これまで口にしなかった話題ですが、いまのような状況なら、持ち出しやすいかもしれません。あなたはこう約束します。「じゃあ、楽しいパーティを開くことにするよ。それでも、ぼくは悲しくてたまらないだろうな。おとうさんがいないと、すごく寂しいから。だけど、こんな話、長々とするようなことじゃないよね。ここを出たら、どこかでアイスクリームを食べよう」

それから先は、周囲の木や花など、まったく関係のない話をしましょう。おとうさんはすでに、ここへきた理由をすっかり忘れているはずです。話題を選びながら、あなたはひそかに、おとうさんとの残りの日々を有意義なものにしようと誓います。

おかあさんと過ごす最後の月、あるいは年を、あなたは目一杯楽しんでいます。ともに笑い、すばらしい経験もたくさんしました。けれども、おかあさんは近ごろめっきり弱って、口数が少なくなりました。あなたは最期のときを覚悟します。そして、いつもおかあさんが望んでいたとおり、寝ているあいだに安らかに逝けることを願います。

けれども、状況によっては、病院へ連れていかざるをえなくなるでしょう。その時点で、末期の症状であり、もはや治療の施しようがないと判明したら、あなたはふたつの選択肢を迫られます。自然に死を迎えさせるか、いつまでも延命措置を受けさせるか。あらかじめリビングウィル(訳注 末期症状になったとき延命措置を受けずに尊厳死を希望することを記した文書。パート6の「書類の作成」の項を参照)をもらって、おかあさんの意思をはっきりさせておきましょう。末期の延命措置は望まないという意思であるなら、あなたはこのまま病院に預けるか、自宅で自分の持ち物に囲まれて安らかに死を迎えさせるか、決めなくてはなりません。病院のソーシャルワーカーが、ホスピスか在宅ケアサービスを紹介してくれます。必要なら、ホスピスは末期患者の疼痛を和らげる措置(ペインコントロール)の相談にも乗ってくれるでしょう。

周囲の環境や日常の生活を、できるかぎりいままでどおりに保ってください。たとえおかあさんが昏睡状態に陥っていても、心なごむ音楽をかけて、本を読んだり話しかけたりしましょう。自宅なら簡単ですが、病院の場合は、ヘッドホンつきの小型カセットかCDプレーヤーを持ちこんで、お気に入りの音楽を聴かせるようにしましょう。知覚のうち最後に衰えるのが音楽を聞き分ける力であることは、広く認められた事実です。また、音楽は病院の騒音をかき消して、落ち着ける環境を作ってくれます。

自宅であれ、病院であれ、いつもの穏やかな声で話しかけましょう。おかあさんにかすかでも意識があるなら、あなたがそばにいることを声で知りたいはずです。相当な努力を必要としますが、あなた自身の恐れや悲しみを見せないよう心がけてください。死が近いのを本人は気づいているでしょうから、あなたも気づいていることを伝えましょう。たとえば、こんなふうに。「おかあさんのことが大好きだから、すごく悲しいよ。だけど、そのときがいつ来ても、わたしたちはだいじょうぶ。ちゃんとやっていけるから」

まだ口がきけるようなら、本人の恐れや不安をぶちまけさせる必要があるかもしれません。意思の疎通がきちんと取れる場合、これは何よりつらい試練になるでしょう。なにしろ、自分自身が悲しみに打ちのめされそうなときに、相手の支えにならなくてはいけないのですから。また、おかあさんは体の触れ合いも欲しがるはずです。しょっちゅう手を握って、背中を優しくさすったり、足をマッサージしたりしましょう。昏睡状態に陥ったら、手を握るか、腕をさするかして、優しく話しかけてください。「大好きなおかあさん、あとのことは心配しなくてもいいのよ。いつでも安らかな眠りについていいからね」

何か信奉する宗教があるなら、こうつけ加えるのもいいでしょう。「もうすぐ天使がお迎えにくるわ、おかあさん。神様も見守ってくださってるのよ」

〔ヒント〕 お別れの儀式は、早めに手配すれば負担がかなり減ります。あらかじめ複数の斎場に、費用や手はずを問いあわせておきましょう。動揺した状態で決断を迫られるのを避けられます。荼毘に付すかどうかなど、おかあさんの意思も必ず確かめてください。また、亡くなったさいに必要な手続きを、主治医に聞いておきましょう。


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読み PART7かぞくのこころのけんこう
作成者 openknow84
作成日時 2008年10月14日 16:36:39
最終更新者 openknow84
最終更新日時 2008年10月14日 16:36:39
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